渋澤さんの前に瀧口さんから始めます。

瀧口修造
 戦前のシュールレアリズムと、この時代を結ぶ役割を果たしたように思います。渋澤さんとの交流の内容は分かりませんが、大きなものであったように思います。この時代の拠点のひとつであった銀座青木画廊で2人が顔を会わせるのを、直接ではないですが見ています。師弟であったのか、同士であったのか。何よりもコレクションが近似しています。詩人であった瀧口さんの方が、年齢もありますが、あか抜けたところがありました。瀧口さんには「幻想画家論」があります。

澁澤龍彦

 澁澤さんが亡くなられてから、20年の歳月が経ちました。彼が残した芸術分野における影響は、現在においても滔々とした流れを作っていますが、若い人達には当たり前過ぎて分からなくなっているでしょう。抽象表現から幻想芸術へ大きく流れを変える上で、渋澤さんの影響は圧倒的です。当然のように澁澤好みが強く反映した幻想芸術の紹介であり、その範囲は広く、それまでほとんど紹介されることのなかったルネッサンス芸術、プレ・ラファエル/ヴィクトリア芸術、そしてシュールレアリズムの再評価で代表されます。澁澤さん自身は、バタイユの影響が強くあるのではないかと思いますが、ヨーロッパ芸術の教科書的な紹介を抜き出た新たな見方を提示したことは間違いありませんし、三島由紀夫の言葉と行動の耽美とは違って、澁澤の耽美主義は芸術の豊かさ、深さ、眼の快楽を強く訴えかけてくるものがあります。

 澁澤さんが直接、責任編集を手がけたのが「血と薔薇」です。わずかに4号で終了。実質的には3号で終刊してしまうのですが、1968年ごろのとがった感じがよく出ています。内容的には今、読めば物足りないというか、当時としては過激でも、今とのズレが激しくて感動するものではありませんが・・・


   
血と薔薇から:写真 奈良原一高

今では誰でも知っていることになってしまった絵を少し紹介することで澁澤好みの一端を示します。ラ・トゥールも、フェルメールは瀧口さんの紹介で、当時は学校の教科書には掲載されず、ほとんど日本では知られていませんでした。渋澤さんの好みは、彼の題材にした、天使、妖怪、悪魔、怪物、毒薬、両性具有、からくり、秘密結社、仮面などから出てくる、ある種の異相、隠された面が反映されますが、サドの紹介者でありながら、具体的な血、ドロドロとしたものに対しては忌避するところがありました。彼が死んだ後に、そういうものが世の中に溢れてきたのは、彼の美学を超えようとする何かだったのかもしれません。
Georges de La Tour
いかさま師

Johannes Vermeer
真珠の首飾りの少女

Carlo Crivelli
マグダラのマリア

Piero di Cosimo
シモネッタ・ヴェスビッチの肖像

TURA,Cosme
奏楽天使に囲まれた聖母子

BALDUNG GRIEN, Hans
三美神