この3人はアングラ演劇のポスターなど、美術に強く関わりました。


横尾忠則
この時代から活躍して、なお、最も有名なアーティストとして君臨しています。海外での評価は、あまり聞こえてこないのは残念なことです。画家というよりグラフィック・デザイナーの印象が強いものです。


 田名網敬一と彼のデザインしたポスターです。当時のサイケデリックな雰囲気がよく分かります。横尾の嗜好が時代そのものであったことが分かると思います。 下の右は当時、流行していたポスター屋です。街のあちこちにあって、横尾や田名網ではなくアールヌーボーや風景、女性の大きなポスターが売られ、若者が部屋をポスターで飾るということが、初めて現れた時代と言って良いでしょう。
 
アサヒグラフ1967.10.20

金子國義
金子國義は70年代半ばで画風を一新させます。こちらはその前の作品群です。硬質な人形を描き込むもので、色彩も濃いブルーや白などの単色で背景や人物像などに定着させる方法を取ります。状況劇場のポスターも描いています。当時は青木画廊が活躍の舞台でした。昔の絵の方がよく売れ、ファンもつきました。が、画風を一変させ、サディスティックスな暗い画調になったことから、なかなか評価されずに苦しむことになります。時代的に早過ぎた嫌いがあります。今は評価されるようになりましたが、それでも昔ほどには売れていないのではないかと、そんな気がします。

青木画廊での個展のパンフレット                                                 状況劇場のポスター


合田佐和子
74年に村松画廊での展覧会パンフレットから取ったものです。巨大な耳のオブジェで有名な三木富雄の夫人だったと思うのですが、間違っていたら御免なさい。背のスラリとした美人です。70年当時は寺山さんや唐さんの演劇関係のポスターや舞台を手がけています。同じ頃、有名人、ほとんどがハリウッド・スターですが、忠実に油絵で再現させた絵を描き始めます。スーパーリアリズムの影響があるかもしれません。その後、オブジェを作ったり、エジプトに長く住んだり、自由奔放(?)に活動します。絵の中身も随分、変わります。こういう絵は描かなくなります。