アメリカの実験映画

私が最も強い刺激を受けたのは、日本の実験映画ではなく、アメリカの実験映画です。他の人も同じではないかと思います。多くが60年代に作られます。

Kenneth Angerケネス・アンガー
映像の美しさと構成力は抜群です。今ではネット(リンク先参照)で何時でも見られるのは凄いです。Wikipediaによれば、超自然現象(Supernatural)やアレイスター・クロウリーに興味をそそられ、10代後半でクロウリーのThelema信仰の信奉者となった。アンガーの映画の多くはオカルト・テーマを反映している。後期には、その傾向は著しく強化され神話的・魔術的な題材をつかみ上げていきます。悪魔的映像と呼ばれる所以です。音楽にはプログレッシブ・ロックが使われています。結構、トラブルが多かったようですが。多くの映像が消失しているようです。多く知られているのが下のリストです。


Filmo Graphy

THE FILMS OF KENNETH ANGER DVD TRAILER


Scorpio Rising

なお、1959年に「ハリウッド・バビロン」を出版しています。彼らしい死に満ちた栄光のハリウッドの内幕を描き出しています。相当にスキャンダルになったようです。

Jonas Mekasジョナス・メカス
メカスは実験映画における偉大な存在だと思います。メカスは数多くの作品を作ると共に、アンソロジー・フィルム・アーカイブスを作り、散逸する恐れの多い実験映画やプライベート・フィルムを収集、保存。また、メカスの映画日誌を執筆して、アンダーグラウンド映画と呼ばれた作品群の紹介と評価を行って、興味ある人間へのガイダンスと普及促進を図っています。
メカス自身の作品については、日本での公開は多くありません。その中で最も著名なのは、この「リトアニアへの旅の追憶」です。ビデオでも販売されたことがあります(1971-72年製作)。自らの思い出を叙情豊かに表現しています。国を失ったセツセツたる思いが伝わってくる作品です。


その他の作品群の一部です。現在でも旺盛な製作意欲を持って映像作品を作り続けています。
           
        Kate Manheim with a daisy 1972           Scenes from the Life of Andy Warhol
theBrig

上のBrig(営倉)という作品は、メカスの初期の頃の64年に撮影されたもので、リビング・シアターの公演を記録した作品。ヴェネツィア映画祭ドキュメンタリー部門最優秀賞を受賞。この荒らしい軍隊の描写は、ハリウッド映画に大きな影響を与えたと思います。

Andy Warholアンディ・ウォーホル
1963年にニューヨーク、イースト47丁目231番地にファクトリーを開設。そこに各界のスーパースターが集い、映画、音楽、ファッションなどの芸術文化の発信基地になり、それにより益々、多様な人材が集まる形の中で実験映画の製作も行われるようになります。音楽の分野ではVelvet Underground に深く関わることになります。

当時の実験映画では、エンパイヤステートメント・ビルを延々と映したものや、ただひたすら眠る男を映し出したりと、相当にウォーホルらしい他人を食った作品が多かったですが、チェルシー・ガール(66年)はアメリカで大ヒットを飛ばします。その後、しばらく音沙汰なかったのですが、やがてウォーホルがポルノを撮っているという噂が飛び込んできました。
ファクトリーに集まるジャンキーやヒッピー、性倒錯者などを出演者に仕立て、カメラの前で普段通りに麻薬を打ち、痴話喧嘩をし、セックスにふける映画を作り出したのです。ここから伝説的なドラッグクィーンのキャンディ・ダーリングやホリー・クッドローン、狂気の美女のニコやイーディらが登場してくるのです。

      
Kiss

Chelsea Girls


Flesh
このFLESH、TRASH、HEATなどの作品がウォーホルの作品リストには加えられないように、一般映画として公開された「悪魔のはらわた」、「処女の生血」もまた、監修に名を留める作品です。ただ、その趣味の、ある種の先進性は本当に除外して良いものか、私には疑問です。