アメリカの実験映画→カルト映画

実験映画の流れの中で、インテリの、映像の表現者達のプロの小さな集団を対象にした、刺激的ではあるけれど極めて分り難い短い映像から、ストーリー性を持った映像が、一般大衆を相手に成立してくるのが70年代後半から80年代への大きな特徴です。もはやこれらは実験映画とは分類されず、ある種、侮蔑的なカルト映画として紹介されるようになります。その代表格がJohn Waters、Devit Linch、Jeorge Romeroであると思います。彼らの評価を決定付けた初期の作品を紹介します。

John Waters(ジョン・ウォーターズ
実験映画の巨匠というよりカルト映画の巨匠に分類されるのでしょう。72年公開の「ピンク・フラミンゴ Pink Flamingos」の過激さは、主演のドラッグ・クイーンの Divine 抜きには語れません。下品さは史上最低と評価されます。DVDでも、ビデオでも、肛門ダンスという恐ろしく過激な映像はカットされています。



Devid Lynchデビット・リンチ
1976年に作られた「Eraser Head」は衝撃的な作品です。日本での公開は81年です。私は、カルト映画の最高傑作と思っているので掲載しました。



【ニコニコ動画】DAVID LYNCH 『Six Figures Getting Sick』 (1966)

George A. Romeroジョージ・A・ロメロ
ゾンビ映画を最初に創り出し、ホラー映画ブームを生み出したジョージ・ロメロの「The Night of Living Dead」が作られたのが1968年。この映画を基礎として、時代は降りますがゾンビ映画三部作「ゾンビ」Dawn of the Dead(78年)、「死霊のえじき」(85年)を生み出すのです。



Maya Deren(マヤ・デレン)
この時代に評価されたわけではないですが・・・。