New Hollywood(アメリカン・ニューシネマ

我々が知ってるというか、理解しているアメリカン・ニューシネマと、アメリカ側のNew Hollywoodは似て非なるもののようです。大いなる誤解の下に解説するのも何ですが、その誤解の方から。
日本のWikipedia:反体制的な人物(若者であることが多い)が体制に敢然と闘いを挑む、もしくは刹那的な出来事に情熱を傾けるなどするのだが、最後には体制側に圧殺されるか、あるいは個人の無力さを思い知らされ、幕を閉じる。アンチ・ヒーロー、アンチ・ハッピーエンドが一連の作品の特徴

ところがアメリカの映画のリストを見ると、2001年宇宙の旅、ゴッド・ファーザー、ペーパー・ムーン、ジョーズなどなど、全然、このWikipediaの説明とは違うものが並びます。時代背景なんか関係なく、字句どおり旧来のハリウッド・スタイルでない、新しいスタイルで作り出された一連の作品ということです。こういうすれ違いがあることを学びました。


さて、私の方も誤解の方からしか、お話できないので、誤解のまま続けます。Wikipediaの言い方は実も蓋もありません。時代背景を考慮したって、何故、大きな流れになったのか分らないでしょう。
強いヒロイズムがあって、圧倒的な暴力の下で果敢に立ち向かう形と、敗れていくものの哀しみに共感していくものが、見る側にもあったのです。濃く支配しているのは死です。時代の象徴となった作品の「イージー・ライダー」(69年公開、監督:デニス・ホッパー 出演:ピーター・フォンダ/デニス・ホッパー/ジャック・ニコルソン)は、ロード・ムービーで、このバイクの格好良さ、ピーター・フォンダの長髪、全体に流れる当時の最新のロック、そしてドラッグ。真っ青な空を映し出す映像。そして最後の悲惨で不条理な死は、時代に溶け合い、大ヒットになります。

日本ではニューシネマの代表作として「いちご白書」(70年公開、監督:スチュワート・ハグマン 出演:ブルース・デイヴィスン/キム・ダービー)があがりますが、私なんか、なんだいこれはという感じの甘ったらしいが映画です。アメリカの学生運動に関わる青春もので、日本ではニューシネマの代表とみなされるところがあります。しかし、これはもしかすると、フォーク・グループのバンバンの「いちご白書をもう一度」(75年)の大ヒットの影響を濃く受けているのかもしれません。アメリカでは、この映画は評価されておらず、New Hollywood 映画にも記載されていません。
ロック音楽とニューシネマの取り合わせでは、最近ではまったく話題にも上りませんが、「バニシング・ポイント」(71年公開、監督:リチャード・C・サラフィアン  出演:バリー・ニューマン )があります。「平均時速200 キロという狂ったスピードでつっ走ろうとする男と、捕えようとする警察車、ファナティックなディスク・ジョッカーに現代アメリカの深い苦悩を投影してスリリングな場面が展開する」とありますように、これ以降作られるカーチェイスもののはしりですが、アメリカの苦悩が入るところが、この時代というものです。


「cut」1993.9

卒業」はS&G(サイモンとガーファンクル)がテーマ曲「サウンド・オブ・サイレンス」を歌い、世界的なヒットになります。それまで無名だったS&Gが大スターに、この1曲でなったのです。その後、ヒット曲を連発し、時代のスターになります。また、主演のダスティン・ホフマン、ヒロインのキャサリン・ロスもスターダムにのし上がっていきます。夕陽に向かって走れはキャサリン・ロスの出演作品です。


自己破壊の暗い題材のせいか、評価は決して高くなく、紹介されることが少ない作品が、この「ファイブ・イージー・ピーセス」と「アレンジメント」(エリア・カザン監督)です。特にアレンジメントは名匠エリア・カザンが監督しているのにもかかわらず、ほとんど評価されません。アメリカン・ニューシネマにリスト・アップされることもありません。何故なのか、よく分りません。

「俺たちに明日はない」は主演のウォーレン・ビューティが監督した作品で、New Hollywoodの中でも最初に記載される作品です。ボニーとクライドという悪名高い男女のギャングの出会いから死までを描きます。最後の警官隊の一斉射撃の下に打ち抜かれる姿が鮮明です。この時代の青春映画の傑作とされます。熱狂的なバカバカしさ、世の中をおちょくる痛快さと悲劇が、この時代を象徴する作品になっています。
「明日に向かって撃て」も同じようなギャングものですが、こちらはポール・ニューマン、ロバート・レッドフォードというおしゃれで軽身のある配役で主題歌も大ヒットします。こちらも最後は同じように警官の一斉射撃の下に、死ぬ姿こそ出ませんが悲劇的な最期を遂げます。




ダスティン・ホフマンものを挙げます。サム・ペキンパー監督の「わらの犬」、シュレジンジャー監督「真夜中のカーボーイ」、「レニーブルース」など、先の卒業と合わせてアメリカン・ニューシネマとダスティン・ホフマンとの強い結びつきというか、この時代の代表的な俳優です。社会派的な立場や意識が強く反映された映画作品が並びます。

                           

ソルジャーブルーはインディアンの立場で作られた西部劇ということで強い衝撃を与えます。おなじように黒人として初めて世界ヘビー級チャンピオンに輝いたジャック・ジョンソンをモデルにした映画です。激しい黒人差別の中で悲劇的な生き方を強制される姿を描きます。この2作品についてはあまり客が入らなかった。特にボクサーの方は今ではまったく忘れられました。

反抗がテーマとして大きくあり、精神病に対する告発する「カッコーの巣の上で」があり、ジャック・ニコルソンの評価を決定付けるものとなります。ダスティン・ホフマンも、そして「スケアクロウ」のジーン・ハックマン、アル・パチーノ、最後に上げるロバート・デニーロにしろ、美男子ではない個性溢れる俳優達が揃うのもこの時代の特徴です。日本映画でもそうです。時代が要求していたのです。彼らはその後もハリウッド映画の中心的な存在として現在でも活躍しています。

                        
衝撃力の大きな作品を最後に2つ。「時計じかけのオレンジ」と「タクシードライバー」です。「時計じかけ・・」は公開当時、強い話題になります。キューブリックは天才です。SFであり、中身がエロチックで、しかも相当にひねりの利いた結末なので大騒ぎでしたが、しかし何十年も経つと衝撃がなくなって、何か今一つの作品なのは不思議です。当時の騒ぎが嘘のようです。
逆にタクシードライバーの方は、スコセッシ監督とロバート・デニーロの組合せで、これ以降、傑作を作り出していきますし、少女役のジュディ・フォスターも今や押しも押されぬ大女優になり、大きな生命力を持つことになります。

            

こうやって見てくると、アメリカン・ニューシネマの豊かさが改めてよく分ります。

おまけ
シャイニング The Shining



地獄の黙示録 Apocalypse Now