現代音楽(Contemporary Music)


ここに71年から75年にかけてのチラシが6枚あります。このチラシの意味、位置づけは、私の浅薄な知識では分からないが正直なところです。分った部分ができたら追加したいと思います。

60年代から、現代音楽の分野で才能が結集します。黛敏郎高橋悠治一柳慧武満徹秋山邦晴吉田秀和柴田南雄入野義郎諸井誠、湯浅譲二、 池辺晋一郎と、綺羅星のようなメンバーです。「日本戦後音楽史」(平凡社)から引用します。

60年代末は「現代音楽の季節」と呼ばれるような創作活動の隆盛を招いた。カウンター・カルチャーの精神が顕在化した契機は、60年代初頭の一柳慧や小野洋子らによる「フルクサス」運動の紹介や、ケージショックを招いたジョン・ケージとデービット・チュードアの来日であった。(中略)60年代後半には「偶然性」や「図形楽譜」のみならずアメリカ型の「実験音楽」系譜のハプニング、フルクサス系譜のイヴェント、あるいは集団即興、ライブ・エレクロニック、ミクスト・メディア、インターメディア、「音具」、「環境音楽」、サウンド・インスタレーション、ミニマリズムなどが、西欧型の前衛音楽系譜のポスト・セリエリズムを代表するクラスターを中心とする音群作法ないしは音響作曲、それに電子音楽、コンピュータ音楽、コラージュなどが次々と実践された(一部、略)。現代邦楽との取組みが始まるのも、この時期です。
この巨大なウエイブの頂点をなしたのが、70年に開催された大阪万博であったようです。史上最大規模の音楽イベントであり、新しいメディアを活用した現代音楽の祭典であった。しかし、72年以降、急速に失われ、「前衛の時代」が終わりを告げた

と書かれています

 現代音楽の革新と同時に、様々な芸術運動に刺激を与えます。圧倒的な存在だったのです。特に日本アート・シアター・ギルド(ATG)における独立プロによる数々の作品、今村昌平や大島渚、羽仁進、黒木和雄、松本俊夫などの監督作品の映画音楽を手がけ、この流れの中でチラシにあるように、数多くの現代音楽祭が開催されたのです。
70年代の音楽に、これらの現代作家達がどのように関わっていたかは分りませんが、彼らは大人であったことです。フリージャズのメンバーの多くが20代の後半、現代音楽の作曲家や指揮者などの大部分が30代、演劇にしろ、フォークにしろ、他のジャンルの人達の青春が70年代に重なった20歳前後であるのに比べて大きな違いがあります。第二に、打倒すべき対象ではなく、彼ら天才達が、この激しい叛逆の時代の中で積極的に、新しい動きを取り入れ、自らの創造活動に活かし、音楽というジャンル以外の芸術の各分野に大きな影響を与えたことでしょう。

武満徹「グリーン」1968年

青山現代音楽祭1971.11
 高橋悠治1974.5
 

20世紀の音楽を楽しむ界 1972年

一柳慧 
1975.6
 交感会1974.10
GEN HIRANO J.S.Bach

フリージャズの方にしようかどうか迷いましたが、こちらに入れておきました。

小杉武久 タージマハル旅行団

60年代、前衛芸術家の国際的ネットワーク「フルクサス」に関わり、ジョン・ケージ、一柳慧らと共演。69年、マルチメディアの即興音楽集団「タージマハル旅行団」を結成。77年、ニューヨークに移住。カニングハム舞踊団専属の作曲・演奏家となる。以後、同舞踊団と演奏旅行をする傍ら、日欧米の各地で個人の作曲・演奏を展開。
80年代以降、音を使った展覧会を世界各地で行っている。(http://www33.ocn.ne.jp/~shinma/musics/musics021.htmlから)