立花隆の出世作ともなったアメリカ性革命報告です。ポルノが解禁され、街中にポルノ雑誌が溢れ出てきます。性器が丸見え。


この時代の性は、今と比べるとひどく重いものです。70年代半ばまでは結婚においては処女が当然視され、25歳過ぎるとオールドミスと呼ばれ、30歳で結婚しない男は欠陥があるように言われました。口でフェミニズムを唱え、男女平等を言いながら、実態的には家父長が厳然として残る時代です。

 この性の開放を受けて欧米では結婚年齢の低下や離婚の爆発的増加、それに伴う家族の中での不和が大きな問題になっていきますが、我が国では性の解放は表現の部分に留まり、社会運動にはなりません。
 しかし、見合い結婚は社会の変化の中で著しく低下し、これ以降、結婚年齢は上昇していきます。2010年時点ではアラフォー40歳近辺にまで上昇したことで、著しい出生率の低下が社会的な課題になっていく。70年代は若者の自殺が社会問題でしたが、今日では中高年の自殺が問題となり、3万人時代を迎えています。家族や人々の交流、関与の揺らぎが、孤独死を招き、今、ようやく何かが動き始めたようです。
肉体論というと、唐さんの本しか既に世上にはありませんが、当時、肉体論、身体性について多くの議論がなされました。寺山修司さんもたくさん書いています。左翼進歩主義から無視されてきた身体をもう一度、問い直し、身体から発するものを大切にしようというもので、肉体言語という言葉もよく使われました。ダンスにおいても、イデオロギーを超えた身体表現を重視する舞踏がインパクトを強め、欧米にも影響を与えるようになります。

この肉体論の以前からエロス、エロティシズムへの開放に向かって様々な形、文学や映像、演劇がチャレンジしています。60年代の初めの頃から北欧で性の解放運動が起き、それが欧米先進国、特に宗教的な戒律が厳しいアメリカに飛び火します。女性の裸、下の毛や性器が映像で撮られる、同性愛やSMなど、これまで変態として排除されていた性の許容が、社会的な大きな反発の中、進み始めます。フリー・セックスやフェミニズム運動が力を持ち、大きな社会運動になって行きます。ゲイの解放も始まります。離婚が急増し、実の父母でない子供の問題も大きな社会的な課題になります。
それが日本にも影響を与え、性の解放を求める声が高まっていきます。何しろ毛が見えたということだけで猥褻罪で拘留される。映倫の規定も厳しく、この時代にピンク映画、日活ロマンポルノとの攻防は映画関係者はもとよりファンも混じって激しい論争が繰り返されます。性の表現では武智鉄也監督の黒い雪や白日夢が大きな話題になります。それから少し遅れて
映画の中で「本番=本当にsex」をしたことで評判になるベルトリッチ監督のラスト・タンゴ・イン・パリは世界中で上演禁止になります。それから随分、後ですが大島渚監督の愛のコリーダも評判になりました。性の表現が革命的な意味を持ち得た時代です。

Language(言葉の記憶

アングラ
70年代を一斉風靡したアングラという言葉も、さすがに40年近い年月を経ると、もはや死語と化しているようです。一番近い定義は、アングラとは、アンダーグラウンドの略で、本来は一般市民の触れることのない密かに行なわれているものを指す。文化ジャンルとしてのアングラとは、主流派の文化、上層文化に対する、カウンターカルチャー、下層文化を意味する。今風に言えばインディーズですが・・・。

こういう言い方をされると、何故、アングラが流行語になったのかが分らないでしょう。反乱の時代にあって、アングラは反乱を意味し、寺山修司が全国の子供達に向かって家出せよとアジル。それに呼応して多くの若者達が地方から集まってくる、そういう時代です。
アングラは明治以来、日本を引っ張ってきた進歩主義、理性主義に反旗を翻し、それまで遅れている、反近代的なものとして貶められてきた様々なものに光を当て、逆転させようとする革命運動なのです。このために下に述べます任侠や激しく否定された右翼、演劇でも放浪芸、大衆演劇などの廃れてしまった、あるいは廃れかかっている芸能への関心が高まります。情念が強く意識されたのです。
映画「書を捨てよ町へ出よう」寺山修司

肉体・エロス

特権的肉体論が記述されている

当時公開された東欧のエロ映画

Last Tango in paris
愛のコリーダ
白日夢 予告編http://jp.youtube.com/watch?v=2MGq4oD74QI
         武智鉄二監督
紅閨夢


72年に公開され大ヒットした映画です。
 この性革命にはキリスト教や白人支配への反発、人種差別やフェミニズムが強く絡んでいました。レニー・ブル−スLenny Bruceの酒場でのアジテーションのように性的な汚い言葉を乱射し、わいせつ罪で起訴され、一人で法廷闘争を行うのも、この時代の雰囲気です。レニーはコカイン中毒で死にます。レニー・ブルースはやがてDホフマン主演の映画にもなります。
 この間の事情は我が国には関係なかったことであり、江戸の性に対する気風は今でも濃厚に残っていますから、欧米のように生真面目に性を考えることはないですから、非常に享楽的に捕らえていたのが我が国の実態です。つまりは女性の下の毛が見えるとか、本番がどうのこうのとか、専ら表現への規制を掻い潜ろうとする動きでした。


 日本の場合には欧米的な性革命よりは、ある種の淫靡さがあります。澁澤達彦が編集に当った「血と薔薇」は世間的に広がることはありませんでしたが、ある方向に導いていく何かにはなりました。4号まで出版はされましたが、実質3号まで。セールスは伸びませんでしたが、古書的な価値から高値がつき、何十年も経ってから復刊されました。
血と薔薇

ゲイレボリューション
ゲイが社会に向かってその存在を強く主張します。ほとんどの選挙に立候補し、激しく咆え続けた東郷健が代表です。そして芸能界にゲイが浮上してきます。美輪明宏ピーターカルーセル麻紀などが代表的な存在で他にない魅力が長い芸能生活を支え続けることになります。
 
東郷健                                                               美輪明宏                                      
  
  ピーター                  カルーセル麻紀           シスター・ボーイ時代の美輪(丸山)明宏
女性解放が勢いを増していく中で女性週刊誌などで男性ヌードが掲載されるようになります。やがて美少年を好む風潮が80年代の後半以降に強くなっていきますが、その先駆けとも言える状況が生れてきます。


造反有理・ゲバルト
中国文化大革命の標語となった言葉です。反逆することの方が正しい、理があるという意味で、毛沢東の一世一代のアジです。この言葉に大いに後押しされて叛乱に向かって自分自身を投企していくのです。全共闘運動の中で学長などを吊るし上げる姿は中国文化大革命における人民裁判のような雰囲気を持っていました。この時代に共通する若者の気分は先行する世代に対する憎悪に近い感覚、反乱への気分を抑圧し、常識を説く姿に、何を言うか、という思いです。訳知り顔で説教する大人への反発、大学という安全圏にいて、高額な報酬と大学教授あるいは評論家としての成功、どっぷりと資本主義の特権に漬かりながら、左翼的な言説、革命を説くバカバカしさに対する怒りは、当たっているだけに大学関係者達は追い込まれ、彼らの日頃の言動に反する機動隊の導入による弾圧と正常化を志向するようになります。
「赤色新聞兵」より

ドロップアウト&DO IT
ヒッピーの言葉です。ドロップ・アウトとは、世の中の常識的なコースを外れていく、例えば良い大学を出て、良い就職先・企業に入って、結婚して、子供を産んで、夫婦仲良く生きるというコースから出て行く、そういう生き方が素晴しいのだという考えから逃れ出ることも意味していました。60年代以前においては、コースから外れた人は落ちこぼれと見なされ、失格者と見られていました。特にアメリカでは戦争に行くことが強く求められ、キリスト教的な制約が強く若者達を縛っていましたから、息苦しさから、自由を求めて別な生き方を模索しようとしたものです。ヒッピーになって、世界をさすらうことが最大のドロップアウトだったでしょう。DO ITはやってみようじゃないか、やろうじゃないかと、当時、行動を促す言葉として出てきました。それまであまり使われなかった言葉なので印象に残っています。


Love&Peace
ジョン・レノンとヨーコ
ヒッピー文化を象徴する言葉です。極限的な優しさを求めたこの時代特有の意味を包含しています
戦地に赴き、人を殺さなければならない、逆に殺されるかもしれないと言う極限状態に置かれたアメリカの若者達が惹起したものでした。戦争を背景に強い共感が生まれたのです。反戦の叫びでした。

オカルト、神智学
ヒッピーの影響からオカルトへの関心が強まっていきます。70年代半ばくらいからTV番組で超能力やUFOなどのオカルト・ブームが起きます。その一つにスプーン曲げがあり、ユリ・ゲラーの登場で火がつきます。女性など感受性の強い人々の間で超能力が信じられ、漫画や映画などの世界はオカルト・ブームが席巻します。スプーン曲げでは偽者の日本人少年まで出てきてしまい、大騒ぎで、このオカルト騒動が沈静化するのは、結構、時間が経ってからでした。多分、このブームの最後はインドのサイババだったでしょう。その頃には世間的に、相当、熱が冷めかかっていました。
 こういうブームとは別に神秘主義への関心は政治闘争の終焉から、より深まっていきます。より高い精神性を求めて神智学や、インドやイスラムの神秘主義への関心から、その関係の書籍が沢山、出版されます。闘争に敗れ、社会の重圧に苦しむ者達の逃避であったのでしょう。80年代になって、新宗教ブームに代表される奇妙な大流行を生み出します。

                      

アウトロー、鉄砲玉
この時代に漫画から劇画が生まれ、歌謡曲から演歌が生まれます。演歌の成立には、この頃の任侠映画の隆盛があげられるでしょう。高倉健、藤純子が大活躍し非常な人気を得ます。体制への反逆のシンボルであり、耐えに耐えて立ち上がり、長ドス1本持って、ただ一人、殴り込んでいくヒーローに自分達の姿を重ね合わせていたのです。

橋本治のポスター                              高倉健