左派系

 羽仁五郎
 「都市の論理」は過激派にはバイブルのような扱いを受けたものです。中身は申し訳ないですが覚えていません。ただ、どうしてそんなに受けるのか分からない部分もあったような・・・。

 吉本隆明
 コメントする必要もない大御所ですが、人気のピークも、この時代ではないかと。

 埴谷雄高
 闇のなかの黒い馬や死霊で名前は凄かったのですが、難渋な文学で、読んでいる人は少なかったのでは・・・。

 秋山清
 アナーキストとして戦前から続く正統派。当時のアナーキーな雰囲気が強い支持者を生みますが、過激派の思考でも、組織の論理があり、完全にアナーキーではありえず、むしろノンポリ・ラディカル向けかとも。

 高橋和己
 文学者の良心を体現するような生き方と文学でした。わが解体、生涯にわたる阿修羅として、邪宗門などの作品は当時、むさぼり読まれたような気がします。中国文学者としての期待も高かったようですが、71年に亡くなられました。時代的には早く死んで幸運という部分もなきにしも。

 平岡正明
 左派として片付けるには、やや問題ありですが、そのアナーキーな主張は、若者を大いに惹き付けたものです。太田竜、竹中労らと窮民革命論を唱え、“新左翼三バカトリオ”と呼ばれたこともありますが、ジャズ関係の評論が最も多く、河内音頭、美空ひばり、山口百恵など、他の評論家が無視した音楽現象を取り上げました。

 竹中労
 この人をどう表現していいのか、肉体派であり、暴れん坊であり、強きをくじくことに挑戦し続け、TVでは、過激なコメントを並べていました。山谷の解放闘争などをやっていますが、青白きインテリではない迫力満点のオッサンでした。

 野坂昭如
 この人もある種、無頼派の雰囲気が漂いますが、青島幸男と同じく放送作家としてTVの草創期に活躍して世に出てきました。シャンソンなんぞを歌ったりしますが、素人芸に近いものでしたが、それが色気で中年のオバサンに人気がありました。金脈の田中角栄に対抗して新潟3区から立候補し、マスコミの喝采を受けたりしました。

 深沢七郎
 深沢七郎が活躍した時代は、60年代です。風流夢譚での天皇殺害から中央公論の社長宅が右翼に襲われる事件によって、世間的に有名になって、逼塞を余儀なくされ、70年代はむしろ闘病生活であったからです。しかし、その飄々とした風貌と語り口で人気があり、登場回数は少ないものの注目される存在でした。

 石牟礼道子
 「苦海浄土-わが水俣病」で公害闘争の火付け役の一人になった女性です。


右派独立系

 花田清輝
 吉本隆明との論争が有名といわれますが、同時代的な知識はないので分かりません。知性という水準では、私は吉本より上だと思っています。74年に亡くなられていますので70年代の主要な人ではないですが、強まる過激派左翼への対抗する知識人として位置づけられていたような。そんな感じです。

 三島由紀夫
 1970年のいわゆる三島事件が強い印象にありますが、その前に全共闘との公開討論を行ったり、右翼というより、この時代の激動に強い関心を持ち向かい合っていた感じです。演劇関係も、前衛的な取組みで高く評価されていましたが、この頃、書いた豊穣の海は筆力の衰弱を指摘する声もあって、あの事件でした。

 澁澤龍彦
 耽美主義の強い、それまで知られていなかったヨーロッパ芸術の一面を紹介しました。この澁澤流の耽美主義は左翼が衰退していく中で、強い影響力を持ち新たな時代を切り開いていくことになります。

 小沢昭一
 本業は俳優だと思うのですが、しかもかなり個性的というか、癖のある役をこなしていましたが、70年代から頃から各地に残る芸能を捜し始め、各種の出版物を通じてアンダーな世界を紹介する独特な存在になっていきます。野坂昭如、永六輔で中年御三家を結成、独特の人気を醸し出していました。

 安部公房
 この時代の安部公房は、最も脂の乗った時期でしょう。発表する小説は、話題を呼び、その内容も斬新で欧米にもないような雰囲気でした。映画や演劇の挑戦もありました。ただ、こちらの方はそれほどのヒットには結びつかず、むしろ原作を提供した勅使川原宏の砂の女などがヒットしました。

Poem&Literature(文学、評論)

 この時代の一つの特徴は、詩がブームになっていることです。新宿西口の地下街辺りでは、よく若者が自分の詩を売っている姿がありましたし、このパンフレットにあるように朗読会も開かれました。ジャズ演奏がついてる場合もありました。 高橋睦郎加藤郁乎白石かずこ鈴木志郎康谷川俊太郎塚本邦雄 あたりが活躍していたのを憶えています。もちろん寺山修司もいます。私自身は詩というか言葉に感動する体質ではないので、よく分かりません。

 路上で詩を売る若者67年


 少し、思想的な話を入れておきます。時代状況は左、マルクス主義が大きな意味を持ちますが、いわゆるマルクス・レーニン主義、共産党系の思想は民青を評価する人は別にすれば全体的に否定でした。最も注目を浴びたのはフランクフルト学派のヘルベルト・マクルーゼでした。彼の「エロス的文明」はベストセラーになりました。左派の人はルイ・アルチュセールの思想が人気があり、気鋭の評論家がいろいろ解説していました。
 私なんかは、よく分からない、これが正直な所で、元々、マルクス主義に疑いを持っていましたし、左派の言葉使いが嫌いでしたので、影響は何もありません。ちょっと読んでみた程度のものしかありません。国内では下記の論者がいて、それぞれに個性的でした。時代の花形は吉本隆明で、それを評論する感じで小野田襄二が出たり、最近ではすが秀実が出てきていますが、時代を画す、あるいは一般に知れるような人達は出ません。廣松渉は左翼の中では評価されましたが、その分かり難さから普通の人には縁のない人でした。
 我が国のマルクス主義は、コピーの悲しさで、まともに議論されるよりも、跳ね上がりの過激な暴力を奮う方が常に勝ちを収め、毛沢東の永久革命がもてはやされる状況が改善されることはなかった。時代は、大量消費社会における社会を描くボードリヤール、狂気から始まって構造主義のフーコー、80年代のドゥルーズガタリと連なるフランス哲学に日本のインテリは振り回される、相変わらずの翻訳文化、コピー文化から抜け出す道は遠い。

 当時、活躍した評論家や文学者を並べるに留めます。著作内容等はリンクしてあるWikipediaを参照して下さい。何も書かないでリンク集だけにしようと思っていたのですが、それでは不親切であると思い、短いコメントを付けました。これはあくまで私個人の感想です。














































































 古書市で懐かしいミニコミ誌を発見しました。狂区という詩を中核とした雑誌です。買おうかと思ったのですが、値段で辞めてしまいましたので、この画像はネット上に紹介してあったものです。ここに出てくる鈴木志郎康『家庭教訓劇怨恨猥雑編』も懐かしい限りです。


三島 vs 東大全共闘

 長い時間が経つと、何が何だか分からなくなるようです。この間、書評を読んでいたら三島が全共闘との話し合いで殺されるかもしれないという覚悟を持ったとか、その逆に討論が行われたのが闘争の終息段階だから、そんなものはなかっただとか、書いている人がいましたが、当時を知る人間からすると、両方共に馬鹿げた話です。
 あの頃から内ゲバは起きてはいましたが、まだ、それほど陰惨なものではないこと、警察への襲撃も、もう少し後の武闘闘争に入ってからです。 何と言っても全共闘がまだ、生きている。全共闘が壊れてから過激派が分裂して内ゲバが激しさを増し、過激化していくからです。
 三島は右翼とは思われていましたが、極右と極左は似た真情であることは当時も分かっていました。 有名人でもあり、討論しようと向かってくる相手を言葉では叩いても殺そうという意識は皆無だったと思います。 三島の方の気分はどうか分かりませんが、機動隊の隊長でも来るというのなら殺気立ったでしょうが、まぁ、ありえない話です。

 2000年になってから当時の全共闘のメンバーがその後も含めて語っています。 若い頃の主張や思想は30年の時間を経てもあまり変わっていないようです。頭の良い人達なんですが・・・。