真崎・守は少年週刊マンガ誌にも連載があり、永島慎二よりも、はるかにメジャーで、同時代的に読んでいた記憶があります。一番下の共犯幻想、ジロがゆくは、高い人気がありました。

別冊ホップラカスからの引用です。
「学生運動や七十年前後のベトナム戦争を背景に、政治的闘争が脈々と若者たちの身体に血となって流れているような物語を描いていた。ヨコハマやヨコスカを舞台にして日米の騒音がロックとなって響いてくるような絵と擬音だった。
 鋭角的なコマ周りと動きのある人物、そしてペン画タッチの背景はとても新人とは思えなかった。」

青年マンガの教祖とも言われ、強いカリスマ性を当時、持ちました。Wikipediaでみると発表は1961年ということですが、私が評判を聞いたのは1960年代も半ばです。ちょっとWikipediaが当てにならない・・。
時代は、まだ、単行本でマンガを読む習慣を我々自身が持っていないからですが、当時の青年達でも争って読む形ではありません。漫画家という職業への思いや、やり切れない青春の思いが埋まった作品に感応する人達は当時でも多くはなかったのです。
それでも熱狂的なファンがおり、コアな層を中心に噂は広まっていました。

劇画への道

漫画の年表はWikipediaでは当てにならないようです。Wikipediaに書き込む人は若い世代だから、1、2年の違いが気にならないでしょうが、同時代に生きた人間としては順番が違うという印象が強くあります。劇画の草創期は、何時、誰からとは言い難いこと、週刊誌に連載された時と、単行本として発行された時期との違い、単行本もヒット作は何回も、表紙を変えて発行されているので混乱しているのでしょう。ここに登場する順番は、ある種、私の心情的な時間だと思ってください。私自身はガロの購読は遅いです。白土三平のカムイ伝も、多分、20話か、30話進んだ頃だと思います。その意味ではガロが先に出ていないのも、私の経験から来ています。


 永島慎二


 真崎・守  
                            共犯幻想
 影丸譲也
少年マガジンに昭和45年、1970年に連載され、これまでにない衝撃的な内容で一躍、主役の氷室はダークヒーローになります。ハッピーエンドにはならず、あくまでもワルを通すという貸し本文化の流れを濃厚に持った作品です。これぞ劇画という感じです。少年漫画週刊誌に大きな流れを呼び込んでいく契機になった作品だと思います。