少年漫画魂
手塚治虫門下の漫画家の劇画への取り組みを紹介します。劇画的なものへの入り方として最も早く、大ヒットにしたのは石森章太郎の「佐武と市捕物帳」ではなかったかと思います。また、横山光輝も少年漫画の雰囲気を残しながらも転進していきます。続々とときわ荘のメンバーが劇画に変わっていく中で、最も遅れたのが大御所手塚治虫でした。そのあたりを含めながら紹介します。

ちばてつや
1968年から連載が始まる「あしたのジョー」は時代を画する漫画であったようです。 というのも私自身としては、それほど感激するほどのものではなかったからです。私より一世代後の人達の方が強い影響を受けたようです。単行本で収集する趣味もなかったし、たとえあっても「あしたのジョー」ではなかったからです。社会現象になったこの漫画は、ジョーに勝った力石徹が、この画面のすぐ後に死にますが、都内では力石のための葬儀まで行われたことを記憶しています。
あしたのジョー

石森章太郎(石ノ森章太郎)
Wikipediaによれば連載開始は1966年になっています。若い人達には石森章太郎といえば「サイボーグ009」でしょうが、私達の世代ではこの「佐武と市捕物帳」です。勝新の座頭市の映画がヒットし始めた頃で、盲目の按摩の剣の達人というのが良いですが、今、見てみると江戸の町の風情が実によく書き込んである作品であることに気づきます。

佐武と市捕物帳


横山光輝
 我々の世代には最も馴染みのある漫画家です。鉄人28号伊賀の影丸など、TVでも放映され、手塚治虫とは違う人気があったように思います。劇画時代に入ってからも、ほとんど変わりなく書き続けたのは驚異的です。この「血笑鴉」や「闇の土鬼」など独特の気持ち悪さをたたえる作品です。「バビル2世」に出てくる悪の帝王ヨミの不気味さも独特で、ある種、凄みのある人間を描くことが巧い。作品の多彩さ、旺盛さはすごいものです。

血笑鴉

永井豪
 ハレンチ学園」を代表作とするギャグ漫画からスタートして劇画時代には「バイオレンスジャック」、「デビルマン」と人間の得体の知れない暴力や性を近未来を設定して書き込んでいき、次の時代につなぐ大きな役割を果たしたと思います。石川賢と組む機械との融合やメタモルフェーズは、その感が強くします。
バイオレンスジャック
デビルマン


手塚治虫
 手塚治虫のファンからは、こんな後ろに大御所が出てくるのは許せないことかもしれませんが、50年代、鉄腕アトムを始めとした一群の成功の後、60年代、低迷期に入っていました。時代は同じストリー性の漫画でも、残酷さや非情さが中心となり、道徳的なヒューマニスティックなものが劇画世代には受け容れなくなってきていました。弟子であった横山光輝や石森章太郎の活躍に比べて、手塚治虫は精彩を欠き、手塚的なヒューマニズム、可愛らしさがハンデになりつつありました。
 そしてガロです。ガロは手塚さんにとっては衝撃的なものであったのでしょう。ガロに対抗して手塚門下の弟子を集めて
comを出版します。ガロを意識した大判の作りです。そこに発表されたのが「火の鳥」で、各界から絶賛浴び、手塚治虫復活を印象付けるものでした。その後、「ブラック・ジャック」、「三つ目がとおる」、「陽だまりの樹」などの意欲作を立て続けに発表していきますが、興行的には名声が故に、そこそこだったとは思いますが、社会に衝撃を与えるような作品かと言えば、微妙にずれたものでした。私なんかから見ると、随分、無理をしているなぁと感じていました。

 ブラックジャック創作秘話という漫画を読みましたら、この低迷期はアニメ会社の倒産などが、随分、手塚さんを苦しめていたようです。余談ですが、この漫画にアメリカから電話で背景画像の作成を指示する、驚異的な記憶力の話がありますが、いくらなんでもFAXがこの頃にはあったはずなんですが、多分、ホテルや手塚さんの事務所や出版社にはなかったのでしょう。国際的な取引のあった会社には装備されていたんですが・・・・。そういう知恵が働かなかったのでしょう。