〜私を巡って〜


篠山紀信
アメリカから帰って来た時、沸き立つような評判がありました。その後は激写やら、アイドルの写真集が多くなって、写真家としての成功者の夢は適えてくれましたが、初期の作品はやはり傑作です。芸能界的な活躍をするようになって以降の作品は、残るような作品が少なく何か残念です。

death valley                                  nude
                
twin
モデルはカルメン・マキ

藤原新也
写真とエッセイをまとめた作品群を発表します。文章力が優れ、擦れたような写真が放浪の印象を強め若者達に大きな刺激を与えます。特に印度放浪での死との出会いをテーマにした作品は大きなインパクトを与え、犬が死体を喰う写真は衝撃的でした。
メメント・モリ
作品集
  印度放浪(1972年)
  西蔵放浪(1977年)
  七彩夢幻(1978年)
  逍遙游記(1978年)
  ゆめつづれ(1979年)
  藤原新也印度拾年(1979年)
  全東洋街道(1981年)
  東京漂流(1983年)
  メメント・モリ(1983年)
  乳の海(1986年)
  幻世(1987年)
  南冥(1988年)


中平卓馬
写真家というより編集者、批評家の方が適しているのかもしれません。時代のアジテータの一人です。

                                 来るべき言葉のために

写真集
『来たるべき言葉のために』 風土社、1970年
『新たなる凝視』 晶文社、1983年

1977年に急性アルコール中毒で昏倒し、記憶喪失となってしまった中平卓馬。「私の写真はほとんどすべてを忘却してしまった私自身の止むを得ぬ行為だ。」 との冒頭の文章で始まる復帰後初の写真集。

森山大道
何か今になって異様に人気が高まっていますが、60年代から70年代にかけては、新進気鋭の写真家として、独特の擦れた感じの風景写真は、何が写っているか良く分らない。気分や感情を表現するところが評価されたようなところもあったのですが、80年代に入る頃には、本人もあまり写真を撮らなくなったのか、発表の機会がなくなったのか、登場しなくなりました。近年、アメリカで再評価され、それが日本に飛び火したような感じでいます。何が今の時代にうけているのか、よく分らないところがありますが、やはり写真は巧いわぁ。
狩人
エロス写真よさようなら
にっぽん劇場写真帖
74年5月JUNアートギャラリー
写真集
 『にっぽん劇場写真帖』 1968年、室町書房
 『写真よさようなら』    1972年 写真評論社
 『狩人』           1972年 中央公論社
 『蜉蝣』           1972年 芳賀書店
 『遠野物語』        1976年 朝日ソノラマ
 『続にっぽん劇場写真帖』 1978年 朝日ソノラマ
 『光と影』          1982年 冬樹社

アクシデント<スター>69年

写真時代に掲載された「女学生」


小川隆之

 昔の本を見ていたら、小川さんがいたなぁと思い出して掲載しました。経歴が分かるものはネットでは難しそうです。商業写真に転じてしまったことが、大きかったのかもしれません。

New York is(上下)
乾いた時間

内藤正敏
 民俗学者でもあった内藤さんも70年辺りからの活躍です。
婆あバクハツ!

新倉孝雄
 関係ない話題ですが同姓同名の写真家がいるのですな、驚きました。70年前後には流域というシリーズを撮っていたようです。この「競輪学校にて」はその時代のもののようです。ワンダフル・ストリートは最近、出版された写真集です。
競輪学校にて 

                                                           ワンダフル・ストリート