裸のラリーズと言えば、ノイズということになっていますが、90年代のノイズとは違う音楽と言って良いでしょう。大音量こそが叛逆の時代を象徴するものでした。結成時のメンバーには、後によど号ハイジャック事件に加わった若林盛亮がいたことで有名です。
74年。いろいろなバンドが週替りで出演。こういうのが、なかなか面白い。当時、誰に人気があったかが分ります。曼荼羅の最初の店である浦和の頃は行ったことがないので分りませんが、どう考えても80席未満だったでしょうから、マイナーな世界であったことは確かです。若い連中が夢中になってやっていたのです。
内田裕也 とフラワー・トラベリン・バンド(1969年結成、73年解散)。内田裕也のことは、よく分りません。最初はGS(グループ・サウンズ)の人かと思っていたところもあって、GSからロックに換えられた珍しい暴れもんでした。外タレの呼び屋みたいなことも、映画に出たり、女優の樹木希林と結婚したり、都知事選に出たり、ミュージシャンとは異質な存在です。日本のロック界のドンとも言われ、いろいろな意味でインパクトは強烈ですが、・・・・。この2枚のチラシが本人のバイオグラフィには掲載されていないところは何なのでしょう。
この75年に開催されたWorld Rock Festivalのチラシの裏面に内田裕也の決意が語られています。ジェフ・ペック、フェリックス・パッパルディ、ニューヨーク・ドールズと並んで、クリエイション、四人囃子、カルメン・マキが名前を連ねています。内田裕也の面目躍如たるところです。

Rock(ロック)-U




1972年                                             1974年


決めてやる今夜は −内田裕也 、沢田研二

フラワー・トラベリン・バンド(Flower Travellin' Band) 1970-1973
忘れていました。つい最近、2007年に再結成されたのでニュースにも、YouTubeにも載ったんですなぁ。こういうこともあるんだ、と驚く感じです。ジョー・山中さんでした。世界ツアーまでやって元気いっぱい、癌宣告にもめげていない雰囲気です。
日比谷野外音楽堂


頭脳警察

1972年                                        「滅び得た者の伝説」に音楽を担当  右上チラシは72年
Wikipediaより
 『共産主義的な革命運動が激化する時代背景にあって、世界革命を叫ぶ等の過激な歌詞によって音源の発禁、放送禁止が相次いだ。しかしその一人歩きしたイメージとは裏腹に、オールドテイストなロックンロールやバラードも取り入れた実直な日本語ロックを展開した。』
 過激派が大好きだったロック・バンドです。人気は凄かった。何で人気があったのか分からないと、何年かしてから言われるようになりました。75年には解散します。時代は過ぎてしまったのです。
ブラッド・ブラッド・ブラッド

裸のラリーズ

             73年3月                          74年9月