安売り手法の限界

意味を喪った特売


 特売はスーパーでは最大の販促手段である。毎年、年初めから次年度の特売計画が各部門からあげられ、予算計画と並んで承認を受けるのが一般的な計画方法である。特売は通常の数十倍売れるとされており、販促(主にDM)と供給計画がメーカーや問屋との間で緊密な連携の下に実行される。どの品目で特売を行うかはスーパーの機密事項とされる。
ここのどこに問題があるのかというと、特売の企画には、スーパーが納入業者に提案する場合と、納入業者からの提案の両方に課題がある。スーパー提案の特売対象商品の価格を押し付けは、特売期間に限った、付き合いという形の強要であり、日常化している。
 メーカーや問屋がスーパーに特売の提案をすることも少なくないが、どちらの場合でも既存の流通に何も手つかずに実施することに、どのような価値があるかが最大の課題である。コストが下がる要因がどこにもないにもないにも関わらず安いということは、通常では高くして売っていることである。
 かつて特売は在庫一掃セールであった。この場合には意味がある。しかし、今は、在庫一掃セールは人気がない。このためスーパーは特売用の商品の提供を問屋やメーカーに求める。メーカーは特売用の商品を通常とは別のラインで製造している。1年も前から計画するとは、そういう意味でしかない。単にその時期に安い商品を投入するだけの意味しかない。アメリカで何故、エブリデイ・ロープライスが盛んになり、特売が下火になったかを考えるべきである。
消費者は特売を待って買う場合が少なくない。特売の商品だけを普通なら1個しか買わないものを、10個も20個も買う。こういう客は、その商品を何ヶ月か買わないだろう。こういう客がスーパーにとって良い客であるはずがない。こういう客はむしろ排除したいだろう。
 日本のスーパーは客を見ていない。本当に自分達のスーパーにとっての客とは誰なのかを判断していない。観念的な消費者ではなく、顔を思い浮かべられる優良顧客にこそ、特典を与えられるべきなのだが、システムはそうなっていない。昔と変わらず、殺到する普段来ない客に特典、サービスをしている。特売の対応のために店も、納入業者もコストを負担している。本当の利益ではない利益、売上でない売上がたっている。スーパーにとって特売でどれだけの利益があったのだろうか。




ポイント制の無力

 半年以上前だが駅前に食品スーパーができた。開店から一週間程度、本部のスタッフを動員して、来店客に会員カードを作ることを強引なまでに推し進めていた。かなりの客がカードを作ったのではないかと思う。私も作らされた。明らかに、これから先、買い物をしてくれそうな客でないと一目で分かる風体であってもである。開店時のノルマであると推察できる。その時期が終われば店員から会員になりませんかの一言もない。
 一方、これはチェーンの洋服屋で、ビジネス・スーツのちょっと高級な若者向けの店が最近、仕事場の駅前に開店した。チラシでは買い物をしてくれた人には粗品を、同時に会員募集で特典としてボーナスポイントを出すと書かれていた。
特売のYシャツを買ったが、他の客には会員の勧誘をしているが私には、そぶりも見せない。粗品も渡さない。よく見ていると、特売の商品だけを買う客には何もしない。将来的に顧客になるとは思っていないことがみえる。
 この洋服屋の方が正解である。客を選ぶことが大事である。会員登録にはコストがかかるし、カード代もかかる。膨大な情報処理費用を考えれば会員はセレクトすべきであり、セレクトした顧客に、色々なサービスなどの特典を与えることこそ重要な販促手段である。
 会員登録してあるスーパーからDMが来たこともないし、アンケートもない。誕生日祝いの葉書をもらったこともない。今のポイント制は単なる安売りでしかない。専門店ならいざ知らず、スーパーの店のカードがあるから、そこの店に行こうと考える主婦がどれだけいるだろうか。何ポイント貯まったと喜ぶ人はいるだろうが、でもたかだかスーパーだから高額品を買える楽しみが少ない。ポイントを精算して買い物をしている人をスーパーで見かけた事がない。
 ポイント制の原点を忘れたというより、本部の頭の中で考えたマーケティング、アメリカで行われているから、他のスーパーでやっているから、やってみましたという水準でしかない。顧客を見ない今のスーパーの現実が象徴するものである。





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