究極の大盤振る舞いは、竹下首相が行ったふるさと創生資金1億円を全国の市町村に配るものでした。あの1億円はどうなったのか。金塊を買った兵庫県津名町のことは、当時は成金趣味のような言われ方で散々でしたが、今になってみれば、ベストの遣い道になったという皮肉な話です。
                

ゴールド・タワー〜純金の夢〜

 バブルの時代は金へのこだわりが強く、まさに金ぴかなのです。
 「ふるさと創生」で各市町村に1億円がばら撒かれますが、さて、何をしたら良いのか分からない町が続出し、金に換えて市民に拝観させるというお馬鹿な試みがあちこちで行われます。金塊をそのまま展示した津名町、地域のシンボル的なこけしやかつおにした町もありました。かつおの方は盗まれて、今はレプリカのみになっているという話ですが。

   
兵庫県津名町の金塊1億円                        黒石町の黄金のこけし1億円       中土佐町の黄金のかつお

 金の価格も上がっていましたが、なによりも円高のメリットが直感できたことです。当時は、外貨預金という制度はありません。また、ファンドもありません。
                      
                      バブルの頃からクルーガーランド金貨の販売広告が盛んに新聞の三面下に掲載されるようになります。
                      クルーガーランド金貨( Krugerrand)とは、南アフリカ共和国造幣局発行の地金型金貨で、
                      1ポンド金貨を模した物で、正確に1トロイオンス(約31.1g)の金を含む。質量は1.0909トロイオンス(約33.93g)。
                      この金貨が人気を博したのは、純度が22金で、金約91.67パーセントに銅約8.33パーセントを含む。
                      単純に金の含有量が高く、換金性が高いと見られたことです。







金貨ブームを煽ったのが、NTT株と同様、政府でした。
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昭和天皇即位60年を記念して限定製造されたのが1万円銀貨と10万円金貨。特に金貨は純金の貴重さにデザインの素晴らしさも加わり、年を経るとともに人気が高まっています。国民の汗と血で勝ち取った繁栄、否が応でも大切さを痛感させられた世界平和の実現……。昭和という時代を生きてきた我々にとってこの金貨はすべての象徴ともいえるものです。

 

 発行枚数1100万枚。1兆1千億円の金が大蔵省の懐へ。しかし実質の金地金の価値は当時の相場で4万円。数年のうちに偽造金貨が出回り、大きな話題にも。この影響か、次第に金貨ブームは衰えていきます。

 都築響一「バブルの肖像」の最初に紹介されていたので、私も追加しておきます。

 1988年、瀬戸大橋のたもとに高さ158mのハーフミラー700枚を貼り付けたゴールドタワーが出現、ニユチャームが経営。ゴールドタワーの世界のトイレ館がオープン、その中の目玉は純金26Kgを使用した時価6千万円の「黄金のトイレ」。脇には時価、500万円の「黄金のトイレスリッパ」。初年度158万人を集めたが、2001年には営業休止に追い込まれます。


ゴールドタワー                     黄金のトイレ
        
                    黄金のスリッパバブルの肖像から

 90年1月の徳島新聞には、こんな記事も。『今、金ピカ商品が売れに売れている。金ブームをあてこんで黄金コーナーを設けたのは東京・三越本店。金張り冷蔵庫(88万円)、金のパター(130万円)などを揃え、いずれも売れ行き好調。中には、21点で4千万円という金のお皿セットもある。
 田中貴金属では実物そっくりの純金製胸像を製作・販売しており、値段は888万円から2300万円。また、三菱金属の純金カードは自分の名前を貼れば名刺として使えるもので、昨年一年間で5万枚売れた。
 一方、金ブームは食べ物にもおよび、金箔入りのあんぱんやふりかけ、金箔を浮かべて飲むお茶などが大好評。この流行、三越によると「リッチ・アンド・ゴージャスさを求める表れ」で、金はそれが最もわかりやすいとして人気を集めている。』