時代は大きく動き出していました。ベトナム戦争の終結による、新しいベトナムの出発に難民が流出し、それを新たな支配者たちは黙認します。それ以前からもカンボジアからの難民などが出てきており、日本政府は人道上の問題と、韓国・朝鮮以外に長らく外国人を受け容れてこなかった歴史から苦慮します。結局は、ほとんど受け容れない形にはなりますが、それ以降の政策には微妙な影響を与えることになります。
ベトナム難民 写楽1982.10

現地でのオーディション

クラブの更衣室

「Sexというお仕事」宝島社

ジャパユキさん〜押し寄せる外国人〜

 円高とバブルの生み出した人手不足、賃金の高騰から、途上国から労働者が集まり始めます。
その第一弾は女性達でした。カラユキさんならぬ、ジャパユキさんと言われ、多くが風俗産業に従事することになるのですが、ダンサーとして、フィリッピン、タイなどから押し寄せてきます。ソ連崩壊以降はロシア人の女性も目立つようになります。成田空港は、これらのジャパユキさんで溢れるようになります。大久保や池袋、場末の歓楽街には外人娼婦の姿、立ちんぼが出没するようになり、たどたどしい日本語で声をかけられることも多くなりました。

日録20世紀1988より
 山谷さんの本には裏事情や生々しい現実が書かれています。現地でのオーディションを経て入国してくるわけですが、日本に入ってからの手配師、そしてクラブなどへと渡っていく。タイあたりは中国マフィアが仕切っていたようですし、日本でも暴力団の影やら中国や朝鮮マフィアも係っていたようです。
 狭いアパートの一部屋に10人前後を詰め込み、自由のまったくない、多数の男達相手の売春という、悲惨な日本での暮らし、それでも良い稼ぎになったために、引きもきらない応募があったようです。彼女たちは大都市から次第に地方都市に、こんな場所にもというほどに広がっていきました。



 最盛期には200軒とも300軒ともいわれた歌舞伎町外国人売春クラブは暴力団が強く係って行きます。現地プロモーターとクラブ支配人との仲立ちから始まって、女の子達の管理まで、ソープランドやホテトル、出張マッサージ、路上売春などの風俗にまわしていく、女コロガシ油地獄と題されるとおりの絵図が展開していく。この地獄巡りにひっかかるかどうかは、運次第しかないという凄みです。
宝島「ヤクザという生き方、これがしのぎや!」

宝島「ウラ東京観光」

新宿大久保に立つ外人娼婦 別冊歴史読本「ニッポンの性」より          宝島「ウラ東京観光」

永沢まこと「東京人間図鑑」
日本風俗業大全
そして帰国。
宝島「セックスというお仕事」

 続いてやってきたのは男達でした。バングラディシュやイランからの人々でした。日本人が嫌がる3K職場に多く就業します。
日録20世紀1988より

 不法就労も目立ち始めます。このため日系ブラジル人が多く雇用され、にわかに自動車工場のある街が国際的な雰囲気を作り始めます。日本のあちこちでブラジル人の街が形成されていきます。また、日曜日になると、東京の代々木公園に、イラン人たちが集まり、情報交換やら、不法なテレホンカードなどが取引され、やがて警察の手入れ、公園からの排除が行われます。
森田一朗「東京ストリート」92年7月 代々木公園原宿門付近「リトルテヘラン」
  
ごみの集積場に出されたスペイン語の案内
       代々木公園のイラン人        代々木公園からの排除を行う警察

 留学名目で入って来る中国人たちの姿も目立つようになり、日本語学校が乱立します。建設現場や市場では日本語が通じないという話も伝わってきます。現実に築地市場などでは3年働くと、国に帰れば豪邸が建つという話でした。外国人労働者たちは古いアパートに集団で住むようになり、元からの住民とトラブルを起こします。町内の掲示板にも中国語の表記が現れるのもこの時代です。


 しかし、バブル崩壊は彼らを直撃し、多くは帰国しましたが、この予期せざるグローバル化は外国人犯罪をも引き込むことになりました。このグラフにあるように中国人が巨大な勢力となっていきます。中国人マフィア、蛇頭の基盤となったとされます。池袋などに集結した中国人向けにフリーペーパーが発行され、中には地下銀行への案内など、日本人が読めないことを良いことに、違法な広告も相当量あるようです。 これは最近のものですが・・。



 大久保駅周辺などには、ニューカマーと呼ばれる韓国人を中心にエスニック・タウンが形成され始めるのは90年代に入ってからです。かつて大久保には連れ込み宿が林立していたのが、それらの多くが外国人向けのアパートになり、集団で生活し、歌舞伎町などに働きに出ているようです。巨大な集積が現在でも進んでいます。この地域に立つと、もはや日本ではないという感覚に襲われます。写真は稲葉圭子「オオクボ 都市の力」からです。少し自分でも写真を撮っていますから、しばらくしたら自分の写真に入れ替えます。



 こちらは今は空き地になっている店です。
新宿百人町:資料 東京通人