画像の一部、日経トレンディ94年7月号より転載

志摩スペイン村のパレード

〜テーマパークだらけ〜

87年にリゾ−ト法が成立すると、全国で様々なリゾート計画が発表されますが、その中でも多かったのがテーマパークでした。
テーマパークといえば東京ディズニーランドですが、オープンが83年、驚くべきほどの成功がもたらされます。オープンから2ヵ月後には入場者は100万人を超え、全国から客をかき集めます。その後も一向に客足は途絶えず、半年後には500万人、1年を1ヶ月過ぎたところで1千万人。開園5周年を5千万人を超える来場者で迎えるのです。この成功は全国の自治体や遊園地経営者などをテーマパーク作りに走らせることになります。
83年には長崎オランダ村がオープンし、83年はテーマパーク元年と後から言われるようになりますが、それまでにあった大規模遊園地は10箇所程度だったものが、バブル期には一挙に40を超えるテーマパークがオープンし、猛烈な建設ラッシュが起こります。しかも、その規模は非常に大きなものが目白押しになります。一時は200を越える建設計画があったとも言われています。全国の都道府県に及び、多くが公共機関との結びつきから、バブル崩壊後も建設は続いていきます。バブルが崩壊し、不況が深化していた97年時点で、テーマパーク数は65に及び、以降、倒産が相次ぎ、4年後の2001年にはその数、46に減少します。1年に平均して5つのテーマパークが破綻、廃園に追い込まれたのです。ディズニーランドの一人勝ちの様相を濃くするようになり、不況の深化は、バブル期以前に作られた大型遊園地の廃園さえも、もたらされることになります。

 都築響一「バブルの肖像」から

長崎オランダ村(開園1983年、閉園2001年) ハウステンポス(開園1992年、2003年破綻)

このようなテーマパークの建設ラッシュは、テーマパーク自身のテーマを著しく類似したものにしてしまう結果になりました。最も多かったのは、長崎オランダ村のような外国の建物や文化を、コピーして持ち込まれたテーマパークでした。いわば、海外、ほとんどがヨーロッパの都市でしたが、街並みをフェイクして、それらしい雰囲気のものを作る。これが全体の1/3を占める。つまり日本のあちこちに擬似的なスペインやカナダ、ドイツ、イタリアなどが出現したわけです。


    
グリュック王国(帯広市 開園1989年、閉園2003年)


カナディアンワールド公園(芦別市 開園1990年、閉園97年)

 
志摩スペイン村(三重 開園1994年、2006年経営再建)      レオマワールド(丸亀市 開園1991年、2000年閉園)

            呉ポートピアランド(呉市 92年開園、98年閉園)



画像はhttp://www4.airnet.ne.jp/tomo-san/Nippon/23Chubu/tomo-san23Chubu09niigata03.htmさんのものです。
柏崎トルコ文化村(柏崎市 96年開園、2001年閉園)


写真は百瀬俊哉
児玉房子「千年後には」
ナムコ・ワンダー・エッグ(1992年開園、2000年閉園)

 こちらは泳ぐことがメインで、人工の波を作って海浜らしさを演出しました。

フォト・コニカ 写真:林隆喜
              シーガイア(宮崎 開園1994年、2001年破綻)

ワイルド・ブルー・ヨコハマ(開園1992年、2001年廃園)

その次に多かったのは、日本の文化や歴史をテーマにしたものですが、その代表が日光江戸村をあげることが出来ます。その他、文化芸術関係のテーマパーク、映画関係があり、ディズニーランドなどのファンタジー系は作るのが難しいというか、想像力が働かないためか、それほど多くはありません。


鎌倉シネマワールド(95年開園、98年閉園)


富士ガリバー王国(上九一色村 97年開園、2001年閉園)


アジアパーク(熊本県荒尾市  93年開園、2000年閉園) 上の写真は廃墟となったアジアパーク 撮影:http://www.geocities.jp/ramopcommand/_geo_contents_/asiapaaku.html


チボリ公園(倉敷市 97年開園、2001年経営建直し)


スペースワールド(北九州市 90年開園、2005年破綻)


   
廃墟となった姿

新潟ロシア村(1993年開園、2003年閉園)

大阪のドヤ街に出現したフェスティバル・ゲートも、総事業費393億円、負債380億円というお笑い的な結果になります。


フェスティバル・ゲート(97年開業、2004年閉業)

ネイブルランド(大牟田市 95年開園、98年閉園)
 こちらは廃墟として有名でしたが、現在は更地になっているようです。

伊豆長岡スポーツWワ-ルド(伊豆の国市、88年開園、96年倒産)


 最後はまだ立派に営業しつけるサンリオピューロランド(東京町田市 90年開園、初期投資額720億円)で。ディズニーランドと同じく、かわいい系のキャラクターを持つ強さなのでしょうか。


 俳優の津川雅彦さんは、当時、グランパパというおもちゃ屋さんを経営し成功していました。その流れの中で、1988年、廃線となっていた北海道の鉄道を「幸福鉄道」として売り出し成功させます。これを契機に北海道広尾町に約500ヘクタールに100億円を投じた『夢の王国サンタ愛ランド』を作ろうとします。
 その際にイギリス・スコットランドの古城「ロックハート城」を購入し、日本に運び込みますが、資金計画をめぐり町側と対立、計画は頓挫。グランパパの債務も絡んで自己破産を余儀なくされるという事件が起き、芸能人であったがためにいろいろ批判を受けるということがありました。バブル崩壊の典型的な事件の一つとして記憶に残っています。
 その後、ロックハート城は群馬県の石材会社が買収、「大理石村ロックハート城」として公開され、テレドラマロケ・結婚式場などにも使われているとのことです。