Χαρισμα カリスマ

 以前はカリスマといえば宗教指導者か政治指導者だったのですが、バブル崩壊の頃から職人もトップクラスの実力を持つ人々をカリスマと呼ぶようになります。グルメブームは料理人のカリスマが登場してきます。その最初を担ったのは周兄弟、特に兄の周富徳でありました。その名声で店は予約が埋まり、容易には食べれなくなり、本人はTV出演が目白押しになります。しかし、こういう名声は陥穽があるもので、確か脱税で告訴されたことから、評判ほどは美味しくない、店に行っても周さんには会えないなどの批判が強まり、人気は凋落していきます。弟の富輝もまた、それに巻き込まれるようにしてTV業界から去ることになります。

周富徳/富輝兄弟


 この料理人ブームに目をつけたのがフジテレビで、料理の鉄人という番組を作り出し、一時はアメリカでも注目されるバラエティになります。

料理の鉄人
  バブルが崩壊していく93年から99年にフジテレビで放映され、不況に入っていたとはいえ、食い物に対する執念は残っていたようで。これは日産のCMで料理の鉄人ではないですが、雰囲気はそのまんまです。


 道場六三郎                      陳建一                  坂井宏行


 TVの料理の鉄人に代表される一流の職人がその技を競うバラエティ番組は、次のカリスマを求めて美容師にたどり着きます。

カリスマ美容師

 カリスマ美容師の誕生前後の話は、回顧録がありましたので、そちらを参考にしてください。時期はバブルも崩壊して不況に喘ぐ1999年であること、12チャンネルの大食い選手権などTVチャンピオン・シリーズが人気を集めていたこと、料理の鉄人など職人技への関心が強かったこと、そしてキャバクラやホスト・クラブの隆盛は、美容にお金をかける男女、特に男子が理髪店ではなく美容院に通うことが普通になり、マーケットが急拡大していったことです。ここにはバブル崩壊以降の世界が暗示されています。企業ではなく個人、職人の技を重視する考え方です。これまでの企業、組織への信用度はバブルの膨張と崩壊の中で、霧散霧消したのです。バブル崩壊で意気消沈する社会の雰囲気の中で、こんなに我が国は素晴らしいのだと、プロジェクトXやガイアの夜明けで取り上げたのも組織に属しながら頑張る個人であったのです。個人の技を端的に見せるものとして職人に大きな光があたる時代を迎えようとしていたのです。

 ヘアメイクアーティストが誕生するのは、意外に歴史が浅く、職業として確立したのは80年代とされており、美容師の地位向上のために各種の賞ができ、美容室のメイクアップ技術や撮影用技術の教育などの土壌が作られていったことが背景にあるようです。この回顧録の最初の方から、抜粋しますと、『美容ブーム・カリスマ美容師が少し話題になり始めた折。予約開始から10分で2カ月先まで満杯になってしま うという超人気美容師野沢道生の元に集結した美容界の6つのサロン(ACQUA・HAIR DIMENSION・ZACC・RITZ・anti・Minx)が店のプライドをかけて、ヘアカット対決で火花を散らす。その戦いぶりは、まさに「美の格闘技」』。フジTVでの番組中継シザーズリーグが大きな話題になったのです。
 この騒ぎはカリスマ美容師の一人が無免許であったことが報じられて、番組自体がなくなることで話題としては消えますが、カリスマ美容師の名前は残り、店は繁盛し続けることになります。美容業界に与えた影響は極めて大きなものであり、美容師を目指す若者達の大きな励みになったことです。TVでの一過性のブームを超えた動きがあったのでしょう。美容院というよりは、サロンと称しカフェのような雰囲気が濃くなっているようです。90年代も終りになるとネイルアートへの関心が強まり、ネイルアーティストが独立した職業になり、ネールサロンがあちこちにできてくるようになります。


野沢道生の大阪モード学園の特別講義風景                       男の子に人気があるという原宿のサロン「H」

 これらの一連の番組の中でTVチャンピオンという東京12チャンネルの番組も、また、この時代を象徴するものです。中でも大食い王選手権は、このチャンピオン・シリーズの中でも大きな話題を呼び、無名の大食いが超人気ものにまで成り上がり、アメリカのホットドッグ選手権、ホットドッグを決められた時間内にただ沢山食べることを競うイベントですが、大食い王の小林尊によって6年制覇され、小柄な日本人に負けたという事で、アメリカでは結構騒いでいました。彼らはやがてフードファイターと呼ばれるようになります。


 この他、大工、プロモデラー、美容師、和菓子職人、パン職人などなど、あらゆる職種の職人や素人が参加し、チャンピオンになることを競っていました。