ヘアヌード

 女性の陰毛は写真の世界では我が国ではタブーであり、猥褻である理由から禁止されていました。欧米では70年代の性革命により解禁されていましたが、90年に入る頃から、毛が1,2本見えても大丈夫になり、91年に篠山紀信による樋口可南子写真集によって、特に警察からOKが出ることはなかっらのですが、それまでは発禁処分になっていたものが、何のお咎めもない、つまり解禁になります。確かその前後であったと思いますが、五味彬の日本の若い女性の総覧のような写真集が大ヒットしています。
五味彬「yellows」


 中でも、その秋、当時の売れっ子アイドルだった宮沢リエの「Santa Fe」は凄まじい騒ぎになり、それ以降、続々とヘアヌード写真集が様々な出版社から洪水のようにヌード写真集が販売されていきました。
宮沢リエ「Santa Fe」
 裸になるだけで有名女優の場合には数千万円の金が支払われるということもありましたし、写真家の中には脱がし屋と称して、タレントや女優を口説いて裸の写真を撮って売るなんていうのが商売として非常に美味しかったものですから、最盛期には年間数十冊出版されたでしょう。脱がし屋の一人であった高須氏も売れっ子でした。

 男の中には欠かさずコレクションするという剛の者がいましたが、出版量の凄まじさに、さすがに全部は無理だったのではないかと。 多分、20年間で千点を超えていたのではないかと。女性の中には、今流に言えば熟女、中年というか高齢の女性のヌードも出版されるなど、ともかく話題で売ろうという感じの物も沢山、出ました。脱がし屋の高須氏によれば、バブル崩壊がヘア・ヌード写真集の出版の後押しをしたと書いています。脱ぐ女優にしても、出版社にしても、労せずして金を得るというには最高のものであったのでしょう。人気絶頂時にアイドルタレントがヘアヌード写真集を出したのは、多分、菅野美穂で打ち止めという感じでしょうか。
菅野美穂『Nudity』
 まぁ、こんなものはヘアヌードが当たり前になった今では、何がどうだか分からないでしょうが、昔は股間の部分は黒い四角が貼られていたものでして、それを輸入物の場合には丹念に税関が貼っていたり、黒のマジックで潰していたものですから、それを剥がしたり、消すことに情熱を傾けたり、税関の目を掻い潜って持ち込もうとしたりと、涙ぐましいような努力が方々で行われていたのです。ここで昔の黒ベタのヌード写真を貼ろうとしたのですが、これがなかなか今では簡単には手に入らないようで、昔の荒木本でも探します。
 昔はともかく、毛というのは猥褻ということで、髪の毛以外は駄目で、腋毛を女性が見せるというのも、タブー視されていました。 今でも芸術写真と分類されるもの以外のヌードで、腋毛などの体毛が写されることは少ない。