あぶく銭〜空間プロデューサー〜

「東京人」1997年5月号 Tokyo1986-1997の「バブル時代の新建築観光」を参考に全面的に入れ替えました。間違った引用はすべてHP作成者の責にあります。

80年代後半からインテリア・デザインの世界で、虚構を承知の上で舞台セットのような空間を演出する空間プロデューサーという職種が出現してきます。映画やTVCMのセットのような商業施設が作り出されます。映画ブレードランナーのデザインを担当したシド・ミードが作り出したディスコ「トゥーリア」がこの時代の代表といわれます。トゥーリアの写真は狂熱のディスコを参照してください。映画エイリアンのデザインを手がけたH.R.Gigerが東京の目黒に作ったバー、ギーガーバーもまたその一つです。
 
当時、人気抜群のギーガーを主題にしたギーガー・バー http://www.geocities.jp/maharajastory/34gigerbar.html

 時代は80年代から始まったポストモダンの爛熟期です。大西若人は「一周遅れのトップランナー」(武蔵野美術No.103)の中で『あの時代を振り返れば、明日はどうなるか分からない、という気分があった。けれどもそれは深刻なニヒリズムに向かうものではなく、むしろ明日も何とかなるだろう、という楽天的刹那主義だったと思える。不透明な明日に対して若干の不安を抱きつつも楽しむ日々。』

 それがピークを迎えていました。それは巨大建築を超えて都市に向かっていく時代です。

 無機質なマスを強調した感覚から都市の誇大妄想を追求する巨大建築の時代へと転換しようとしています。その端的な象徴ともされるものが、原広司によるヤマとインタナショナル(大田区平和島、86年竣工)です。この戦艦大和をかたどった様な外観は圧倒的な迫力を持っています。
 世界中が巨大建築の覇を競う時代に突入していく訳ですが、その中でも抜きん出ていくのはバブルに沸く日本であったことは確かです。以降、東京都庁ビルを始めとした建築コンペには、かつてはなかったことですが、外国人建築家をも、大いに活躍の場が与えられます。


ナイジェル・コーツ(右端)と彼の手がけた小樽ホテル  雑誌FP、1990.1

 当時、東京や札幌でコメーシャル・インテリアを手がけたナイジェル・コーツは、日本は何でも望みをかなえてくれる夢の地だ、と言ったと伝えられ、コーツの成功が引き金になって海外の若いデザイナー達が日本を目指したのです。その代表的なものが下の表です。

名前 主な建築作品
ナイジェル・コーツ Nigel Coates メトロポール
ティムニー&ファウラー ADコリシウム
フィリップ・スタルク Philippe Starck MANIN、アサヒビール本社
シド・ミード Syd Mead トゥーリア
 J.M.ヴィルモット J.M.Wilmotte  東急Bunkamura(渋谷) 
ラファエル・ヴィニオリ Rafael Vinoly 東京国際フォーラム(有楽町)
ノーマン・フォスター Norman Robert Foster センチュリータワー(御茶ノ水)
シーザー・ペリ Cesar Pelli NTT本社(東京)
ケヴィン・ローチ Kevin Roche 汐留シティセンター(東京)
マリオ・ボッタ Mario Botta ワタリウム
リカルド・ボフィル Ricardo Bofill Levi ユナイテッドアローズ(原宿)
マリオ・ベリーニ Mario Bellini 横浜ビジネスパーク(横浜)
リチャード・ロジャース Richard George Rogers テクノプラザ(岐阜)
ピーター・アイゼンマン Peter Eisenman コイズミライティングシアター/IZM
アルド・ロッシ Aldo Rossi アンビエンテ(南青山)
レンゾ・ピアノ Renzo Piano メゾンエルメス
ポール・シュメトフ Paul Chemetov A.P.Cビル
ヘルツォーク&ド・ムーロン Herzog & de Meuron プラダブティック青山
ジャン・ヌーベル Jean Nouvel 電通本社ビル
アンリ・ゲイダン Henri Gueydan 日本基督教団 原宿教会
マイケル・グレイブス Michael Graves  福岡百道 
リーシャル・ブリア   アートプラザ1000
クライン&ダイサム Astrid Klein&Mark Dytham リゾナーレ 小渕沢

 キューバ大使館の跡地に作られた期間限定の商業施設「OPERA」(サントリー)も評判になりました。パリのオペラ座をイメージしたもので、期間限定とは云いながら、作りがしっかりしていて、話題になったので覚えていますが、この建築がナチスを想起させるというので海外から批判を受けたという話は知りませんでした。このような期間限定の施設が次々とオープンしたのが、この時期の特徴です。六本木にできたノマド(NOMAD)もその一つです。
 金余りの中で、膨大な巨大構築物、建設ラッシュの中で、建築デザイナー達は豊富な予算を背景に、自分達の思うがままの設計、デザインをしていきます。デザイーナにとって夢の時代です。


Nigel Coats                            Bofil

Bofil

                Bellini

Henri Gueyda
Aldo Rossi
Ricardo Bofill Leviアートプラザ1000

Philippe Starckアサヒビール本社

J.M.Wilmotte:東急Bunkamura               M.K.Graves


Herzog                                      Renzo Piano

Jean Nouvel                       Cesar Pelli


                  Rafael Vinoly
Astrid Klein&Mark Dytham

Richard George Rogers                 Paul Chemetov


Aldo Rossi                      Mario Botta


 バブルの象徴的な建築といえば、やはり丹下建三が設計した東京都庁でしょう。そして
文京区役所も当時のバブリーな雰囲気を漂わせる、区の規模から並外れたものでしょう。
都庁文京区役所

 バブル直前に出現したアサヒビール本社ビル(浅草)も、ビールの泡を模った白い魂は壮観というべきものです。
 上野不忍池のほとりに建った「ソフィテル東京」 (91年竣工、地上26階、地下3階)も2007年解体が始まりました。

   
   ソフィテル東京          梅田スカイビル

 
代官山J.P,ゴルチェビル                               渋谷ライズビル

  
シンタックス                  アーステクチャサブ1                 水戸美術館

「92年に建設された布谷ビルはふたつの重なりあう直方体を三次元的に微妙な角度でずらしていくデザインは、地殻プレートの波動作用から発想したという.
外部では崩れ落ちるような,内部では平衡感覚が失われるような印象を与える.」だそうです。

  
布谷ビル                     江戸東京博物館                       エムツー
 93年に建設された江戸東京博物館も、バブル期を代表する珍妙さに満ちた建物であるだろう。MAZDAの実験工房だったM2、環八にそびえるパルテノン風。


仁摩サンドミュージアム


 SolarArk

 時代は大きく下りますが、その後も巨大ビルの建設ラッシュは、陸続と繋がり、不況時代を乗り越えて激しく東京を変えていきます。
西新宿
写真は百瀬俊哉

 余談的に続けますと、開発地域は、六本木、品川、大崎、汐留と続き、最近の注目は豊洲に移ってきました。

品川駅東口
 
六本木ヒルズ入り口                           聖路加国際センター

 バブル崩壊はポストモダンを叩き落とし運動の終焉がささやかれ、モダンの方に戻っていく気配です。これは日本ばかりではありません。欧米も同じ道筋をたどっていくようです。