性の変容と婚活

 荻上チキさんの書かれた「セックスメディア30年史」を読んで、このページを作ろうと思いました。丹念な業界人へのインタビューもあり、詳しくは本を読まれた方が良いと思います。時代の雰囲気がよく分かります。ここでは概略だけを画像を使って紹介したいと思います。私自身、言葉は知っていますが、実際は経験がありません。自分の関心はラブ・ドールにありますので、そちらが詳しくなるのはご容赦下さい。

 性に関連する処は、各時代ごとの他のページでも多くご紹介してきました。性風俗は江戸時代から我が国の文化の源泉の一部を構成しています。近代化、現代化の中で、一方では欧米列強に対する対外的な体裁のために警察力をもって弾圧を行ってきました。しかし、伝統であり、欲望という堅い需要に支えられ、そう簡単には押し潰れません。業界は様々に法の裏を潜って、新たなサービスを作り出します。警察はモグラ叩きのように法の改正を持って弾圧を行う、騙し騙される鼬ごっこを繰り返しました。
 このバブルの膨張から崩壊に至る過程でにおける風俗営業法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)は、84年の大改正により、のぞき部屋、ファッションマッサージなどが届出対象となり、この影響で80年代の前半の風俗の象徴であったノーパン喫茶が姿を消します。98年改正では、出張マッサージなど無店舗型の営業や、インターネットでのアダルト映像送信営業が届出対象となり、一世風靡していたテレクラやツーショット・ダイアルに大きな打撃が加えられます。2005年改正では、90年代に大流行した派遣系ファッションヘルス(デリヘル)に関しては、受付所や待機所なども店舗とみなされ、住所などの届出が必要とされ、営業禁止区域内にあるそれらの施設は摘発対象となります。ゲリラ的な出没を特徴としていたデリヘルもまた、打撃を受け、時代の変化もあって話題は小さくなります。

出会い系サイト
 1985年電気通信事業法の法改正により、電電公社からNTTへ替わったことで、新たに創業された電話会社との間で電話サービスは熾烈なものになって行きます。電話を通じた個人の繋がりが、新たな性風俗を作り出し、それがテレクラや2(ツー)ショットダイアルなどを生み出したのです。テレクラの話題は「幻の黄金時代」で述べてあります。電話を使って見知らぬ同士が出会うという、以前の価値観、何らかの知り合いを通じて顔と顔を会わせたものでなければ危険極まりない、とんでもない事であったことが、変容し始めていたのです。
 TVではネルトンが流行っていました。ネルトンで意図されたものではないけれど、ツーショットという新たな電話を使った風俗が生まれてきます。男女の出会いの俗語であったツーショットに由来したもので、サービス利用者間で気に入った同士の男女が二人だけで会話することができるもので、その方法は、男がダイヤルQ2回線から電話し、女性はフリーダイヤルを通じて結線され、男女ともにプッシュ操作で通話相手が変更できるものでした。ネルトンという気軽なオープンで、笑いに転じるような気軽な雰囲気が後押しし、テレクラが店に行かなければならなかったのが、自宅の電話からも気軽に利用できる事から人気が爆発します。

 豊かさがもたらした価値観の多様化と、高学歴化が進み平等・平準化により、フリーターや引き籠りに見られるエリートの墜落も合わさって、新たな出会いを求める形が生まれてきたのでしょうか。当時から言われ始めたシンデレラコンプレックスピーターパンシンドロームも重なっていたのかもしれません。あるいは豊かさがもたらした、深夜に若い女性がパジャマ姿で買い物に行くといったことが平然と行われ、それを誰も咎めないという強度な安全な社会の出現も関係したのかもしれません。この見知らぬ同士が出会うことへのニーズが潜在的にあることを、リクルートが着目し、雑誌「じゃマール」創刊されます。1985年のことです。
 ここには性的な出会いも含まれていますが、多様な趣味の出会いが用意されていました。それらは○○系として分類され、雑誌1冊当り5000から6000の個人広告があり、そこに掲載された個人広告には数十通から、ときに千通を超えるアクセスがあり、ペーパーアイドルを生み出したりします。この中に出会い系というジャンルがあり、「おともだち族」「おつきあい族」「ケッコン族」に分かれていました。ここから出会い系という新たなジャンルが形成され、この出会いは気軽で、負担のないものであったことから、既にダーティなイメージの付いていたテレクラを駆逐し、次々と新たな出会い系雑誌が創刊されていきます。

 「出会い」という幻想が買売春を覆い隠す面があったのかもしれません。

 

 95年にインターネットが、ごく普通に使われる頃になると、雑誌メディアは衰退し、ネットに切り替わり、新たなツールが提供され始めます。しかし、一時、大流行した出会い系サイトによる買売春は、正確には分かりませんが、現在でもサイトはあり、会員数を誇りますが、2010年の現段階ではメディアで取り上げられることはほとんどなくなった感があります。何かの大きな刺激となるものではなくなったのかもしれません。時代はリアルな肉体での接触からずれてきました。

 DMMによるアダルト・コンテンツの総合サイトの提供も行われています(DMM.R18)。


韓国風俗の侵入
 韓国からの売春婦の流入は、80年代から続いており、97年のアジア危機から、急激に増加していき、盧武鉉大統領が2004年、売春特別法が成立、非合法化により、娼婦たちのデモまで起こりましたが、多くの売春婦が世界中に拡散していくことになります。その際に韓国暴力団も女と一緒に出て行く形もできてきます。アメリカ、カナダ、オーストラリアなどが顕著になります。2000年代の末には各国で人身売買の摘発が相次ぐ事態となり、韓国人女性の入国が制限されることも発生します。
 日本にも5万とも、10万とも韓国人売春婦がいるといわれ、売春の競争激化で、荒稼ぎを狙って非合法の売春が活発化していきます。手段はデリヘル(デリバリーヘルス)が最も多いと思われます。無許可でネットで客を集める手法で、ラブホテルやマンションで売春が行われます。この攻勢により売春の単価が下落し、日本人の女の子を雇っての合法すれすれの売春は困難になり、多くの日本の風俗は廃業に追い込まれ、韓国風俗が蔓延していきます。ネットでは「韓国」、「出張」で検索をすると、韓国のデリヘルの広告サイトが大量に画面上に並ぶことで有名になります。


 この異様に美しい女の子達は整形美人であり、フォトショップにより加工されていると言われていますが、それにしても、これまでの売春婦のイメージを覆すものがあります。
 低価格の売春宿である「ちょんの間」が、ほとんど廃業していたものが、どうやら復活してくるのも、韓国の売春の広がりにあるようです。ちょんの間として写真で紹介されたものは、韓国の性風俗店であり、彼らが進出してきているようです。勿論、非合法ですから取締りの対象です。風営法以上に韓国売春によって江戸時代から続いてきた我が国の性に係る文化が破壊されるという事態になったようです。


閉鎖する前の横浜黄金町のちょんの間(YouTube画像から)
ミリオン出版「俺の旅」編集部
韓国人売春婦の摘発(川崎 堀の内)

参考までに韓国の風俗街と店

韓国全土色街巡礼」自由国民社
 ネットを使っても沢山の画像が現れます。

flickrソウル2005
 清凉里にある 588という地域は歓楽と退廃の街区として韓国内でも有名だそうです。朝鮮置屋通信には昔の姿もあります。車に乗ったまま女と交渉する姿などが写されています。

清凉里 588

 こちらは日本ですが、こういう変わったものもあったようです。


 バブル崩壊以降、次第に話題は「もてない男」になっていきます。もてない女は、大きな話題にはなりませんでした。多分、こちらの方が深刻のはずですが・・・・・。もてない男の代表に掲げられたのがオタクであったことは、一般社会が見る差別感だったろうと思います。いかにもの人物描写が与えられます。女の増長は限りなく膨らんでいくかのようでした。クラタマこと倉田真由美が描き出す「だめんずウオーカー」こそが、女の駄目さ加減だったでしょうが、本人はまるで意識していないようです。

 若い女どもの傲慢な振る舞いが目立つ中で男達は次第に別な方に舵を切っていくようでした。

妄想の技術革新
 ネットで女の子の裸が無料で大量に流される状況の中で、エロ本は次第に追い詰められていきます。しかし、その決定的で急激な衰退は、コンビニでの販売規制、中身が見られないカバーが掛けられ、一部の雑誌類の販売停止措置でした。中小本屋の衰退もこれに最終の打撃になります。一時は繁華街にこの手の本やDVDなどを販売するエロ本専門店が大量にあったのですが、急速に数を減らしていき、今や新宿歌舞伎町でも何軒あるのか、相当に歩かなければ行き当たらない。むしろゲイ等の専門店の方が見つけ易い。
 もはやエロは音楽と同じように、趣味の人間がネットからダウンロードする時代に変容し、本屋で他人の眼を気にしながら買う時代ではなくなったのでしょう。アダルト動画のサンプル配布サイトが隆盛を迎えます。先に紹介した本には、トップページの再生だけでも、毎日50万のアクセスがあると紹介されています。これが一つだけではなく、様々なサイトにリンクしてあることも特徴となっています。

 むしろ注目すべきは、他人がSexするシーンをDVDやビデオで覗き見たり、生の女の子の裸で妄想することよりも、絵に描かれたもので妄想する
二次元妄想に入ってきたことです。ここらになると、私のような年齢の人間が想像することも難しい世界です。セル画とかフィギュアで何をどう想像を掻き立てていくのか。本田透氏の唱える恋愛資本主義を非難する「電波男」は非常に面白く、生身の人間に対する面倒臭さも分かるし、一部のフィギュアも何が良いのかも分かるんですが、行き着く先の世界は、よく分からない。


 この妄想世界を支援するような形で、技術革新がおきます。一つは人形、ほぼ等身大でリアル、肌の感触が人間の肌ではないけれど、独特の柔らかさを持つリアルドールとも、ラブドールとも云われるものと、オナニー・ホールと呼ばれる性具の開発です。両方共に2000年代の初頭です。これらが何を意味するのか。人と人との関わりを減らそう、なるべくなら会わないで済まそうという時代におけるSexという人間の本能に近いとされていた部分の何かが変化し始めている、新たなる進化なのかもしれません。

ラブドール
 随分、昔に人形のコレクターであった時代がありまして、このため人形への関心は引き続きありました。週刊誌だったか月刊誌に、小さな記事でアメリカでシリコン製の等身大の人形リアルドールが販売されたのを知ったのが最初の切欠です。人形としては驚くべきほど高額でした、70万円とか80万円しました。日本までの輸送費を考えれば100万円近くのものでした。この値段が注目される最初であったのでしょう。何だろうこれは、という感じでした。日本人もネット通販を通じて購入する人があったようで、やがて日本での販売代理店も立ち上がります。これまでの人形がソフトビニール製の空気を入れて膨らます、かつて南極1号と呼ばれたものから、シリコン製になったということだけは、カタログで分かりましたが、顔はアメリカ人そのもので日本人好みではなく、肉体も乳も大きく日本での販売は限界があるだろうと思いました。日本での輸入量はわずかなものに留まったのではないかと思います。私自身、これまでアメリカ製は一つも見たこともありません。
 この下の画像は現在、販売されているもので、当時からすると相当に技術は進んでいます。人形達を紹介するページを見ると、人間と人形を取り合わせた実にアメリカらしいダイナニズムに溢れています。



 このリアルドールに刺激されてオリエント工業が、確か1,2年経ってからシリコン製の人形を製造販売します。元々、この手の人形は普通の正常な男を対象とするよりも、知的障害者を含む障害者向けの医学的な用途を含んだものであったのですが、リアルドールがそうであるように、生身の女性相手では何かと問題がある、あるいは金を払っても女性が相手をしてくれない、売春に対する恐怖から利用者が一定以上あり、できるだけ自分の好みに近い人形を求めることがニーズとしてあります。
 オリエント工業は、これらのニーズを汲み上げて完全に日本人好みになっており、この人形達の完成度の高さから性的な意味以上のファンを獲得していったようです。日本ではベルメールから始まる関節人形ブームもあり、人形のマーケットは著しく拡大しており、別な意味でも注目されるようになります。
 銀座の画廊で展覧会が開かれ、初めてラブドールを触りましたが、柔らかく手に吸い付いてくる異様な感触で、ほぉーっという感じでした。

オリエント工業HPより



自慰グッズの革新 TENGA
 男の自慰を助ける性具にオナホールあるいはオナカップと呼ばれるものがあり、典雅からTENGAシリーズという形で、より顧客本位で、優れたグッズが開発されます。これまた、経験していないので、あぁ、そうですかぐらいしかないんですが、詳しくはこの紹介サイトでお読み下さい。様々な材質が組み合わされているようで、これさえあれば女性は要らないという人も出ているようです。2005年の販売開始時から100万個を売上、2009年には倍の200万個を売り、累積個数は1千万個を5年で超えるのです。


 このような性を巡る変容は、かつて人類が経験したことのない地平にたどりついているようで、男女共に個人性が強まり、個々の人間が持つにいたる妄想が、人との接触による社会的な修正を経ることなく、亢進していく中で、それでも結婚したい、子供を生みたいという、子供が欲しいという人々のために、出会い系を初めとしたネットを使った婚活が行われるようになりました。かつて女性は20歳前後で結婚していたのが、結婚年齢は上昇し、現時点ではアラフォー、40歳前後も結婚適齢期に含まれるようになりました。男の結婚年齢はさらに上昇しており、既に生涯独身の人の割合が男が16%、女がその半分とされ、20年先には男の3割は生涯結婚しないまま、最後を迎えるだろうと云われています。高年齢の童貞も急速に増大しているといわれます。コミュニケーション力の欠乏が男女ともに言われるようになっており、ストーカーで告発される事例も増えているようです。

 この性のあり様の変化はなかなかどういうものになっていくのか、判断できません。高齢化の著しい進展と、年をとっても若くしていたいという欲望から様々な薬も、美容術も発達してきており、高齢者ホームでの恋愛やら、男女間の喧嘩も起きています。この行く末はなかなか興味深いものがあります。