闇の紳士達〜 天才 〜

高橋治則

 バブルのスターの中でも、最も本や雑誌の記事になっているのは高橋治則です。といっても、もはや覚えている人も少なくなったかもしれませんが。 EIEグループを率いて、長銀から5千億円の金を引き出し、海外のリゾートなどを買い漁り、資産1兆円の帝国を瞬く間に作り上げ、長銀を潰す張本人になったからです。
 資産1兆円の帝国はそのほとんどを海外不動産の購入によります。わずか数年の時間の中で猛烈な勢いで海外不動産を買い占めていく。その一端を。ここに上げられる不動産価格が3千億円弱ですから、物件数は本人にも分からなくなっていたでしょう。
   サンクチュアリー・コープ(オーストラリア)    612億円
   ブリタニックハウス(イギリス)           607億円
   虎ノ門ビル                      420億円
   ポンドセンター(香港)                409億円
   リージェントシドニー(オーストラリア)      389億円
   リージェントニューヨーク(アメリカ)        289億円
   フェフェランチ(ハワイ)               242億円
   ポンド大学
(オーストラリア)            209億円
   ヒルクレスト・ゴルフ・クラブ(日本)        197億円

 5つ星の超高級ホテル、オーストラリア高級保養地、サザンパシフィックなどの内外のゴルフ場、ベトナムの石油開発、オーストラリアの金鉱採掘権、競走馬6頭、オーストラリア、アメリカでの大学建設、3機の自家用ジェット機(ボーイング)、モネ、モディリアニなどの絵画等々が彼の1兆円の資産を構成していました。
  バブル末期には最高水準のホテル、リージェント・ニューヨークの建設計画、ハワイやグアム、フィジーに総合リゾート開発を狙った数百億円規模のプロジェクトが並んでいた。 年収が100億円にもならない企業が400億円の利子の支払をするという、爆発的なバブルの中でしかない投資であり、銀行融資だった。

リージェント・ホテル

高橋治則氏の訃報を伝えるwiki news
              
長銀事件を扱った真説 バブル―宴はまだ、終わっていない   長銀・日債銀粉飾決算事件

 このバブルの天才ともいわれた男は、千昌夫を「歌う不動産王」に煽り、積極的な投資を勧めたとされ、バブル期には千も、3千億とも言われる資産を抱え込むことになります。千昌夫が不動産に関心を持ったのは「北国の春」の大ヒット(昭和42年、250万枚)で得た金を、仙台市郊外の山林購入をし、それがたまたま東北新幹線のルートに当ったことから、莫大な保証金を手に入れたことから始まったといわれます。当時20歳そこそこの千にとっては、桁外れの出来事であったのでしょう。その後、千は歌手と不動産事業を二本立てとした人生を歩んでいくことになります。しかし、ファンにしろ、私のような一般人からは、千昌夫と不動産というのは、そう簡単に連想できるものではありませんでしたから、バブル期に千昌夫が膨大な不動産を持っている報道に驚嘆したものです。当時、彼はほとんど歌手活動をしておりませんで、いわば消えた歌手でしたが、何だそれは・・・という感覚でした。
千昌夫
 千昌夫は東北生まれのコンプレックスからか、金髪女が好きであることを公言し、とうとうアメリカ人のシェパードさんを射とめ、結婚します。その仲の良さは国際結婚の見本のような言われ方もしていましたが、巨大な資産家となっていた千は、バブル時代以前から次々と愛人を作るようになり、自宅に戻らなくなって昭和63年に離婚します。この時に千の資産が720億円あることが明らかになり、夫人は半分の360億円を要求、結局は50億円の慰謝料で決着します。
 やがてバブル崩壊により平成3年には借金が2000億円といわれるようになり、一日に5千万円ともいわれる利子の支払いに苦しむことになり、歌手に復帰して懸命に稼ぐも追いつかず、平成12年に千昌夫の会社は特別清算されることになります。負債総額は1034億円。個人会社では破格の借金でした。借金まみれになる千に対して、夫人は最も得したとも言われました。

千昌夫の教訓

 芸能人による資産購入等のバブルに踊るのは千昌夫だけではありません。藤田まこと・津川雅彦・江川卓・桑田真澄等々が並び、彼らの多くは自己破産したり、長い年月をかけて返済を行うなど、逃げることもできずに塗炭の苦しみを味わうことになります。


 この崩壊過程の中で、手にした不動産を差し押さえられまいとする連中が暴力団を使って不法占拠を行います。暴力団側にしてみれば、若い者を強制執行前に数人、潜り込ませることで、新たな地主から金をせしめる、あるいは元の地主から金を得るということで実に美味しい金儲けに繋がったのです。そういう事件が頻発しますが、これに敢然と立ち向かったのが、中坊公平氏が率いる整理回収機構でした。