運命の97年 金融崩壊
              〜マネー敗戦・金融敗戦〜

 1980年代、アメリカは不況にあえぎます。勃興する日本に対して、「アメリカの世紀の終り」などの本が売れていました。そうかと言って日本が世界をリードするなんて、とてもそんな立場じゃないと皆が知っていたように思います。良識のある人達はそうでしたが、あり余る金に浮き足立った連中はメクラになっていました。バブル崩壊は、そう簡単に目を覚まさせるものではありませんでしたが、凄まじい倒産の嵐は、すべての人々に強烈な覚醒に結びつくことになります。強烈な覚醒は、激しい不安を惹き起こし、日本中が金融不安の中で周章狼狽する事態に向かって行きます。

倒産の嵐
 10年という年月、長期に渡った不況、不安も、終わってしまうと、あっという間に、忘れたいのか、話題になることもなくなりました。97年という年も忘れ去られていくようです。このバブル時代を書き始めた時には、まだ、まだ、不況の最中でしたので、話題は不況の話ばかりで、本屋にも、そんな本で溢れていたので、崩壊の話は、必要なかったのですが、今は、逆にどこにもなくなってしまったので、追加することにしました。

 簡単な要約がありましたので、まず背景の概況から。

 1990年にバブルが崩壊し地価は・株価は大きく暴落した。資産価格の下落により、企業・金融機関は多額の不良債権を抱えた。また株価など資産価格の暴落が、銀行の倒産・逆資産効果による総需要の低下をもたらし、総需要の低下がマネーサプライ減少の原因となり、マネーサプライの減少がデフレーションと実質金利の高騰を生み、今度はそれが総需要をいっそう減退させる大きな悪循環が生じた。


 まずは倒産のデータから。

資料:帝国データバンク                                                  倒産した老舗、赤倉観光ホテル


 老舗、名門と呼ばれた企業がどんどん倒産していきます。恐ろしいまでの状況が社会不安を一挙に高めます。倒産の負債総額が最も大きいのは、2000年で26兆円弱です。この年はノンバンクとそごうの倒産ですが、情報の方は、ずっと早くから出ていましたので危機感はそれ以前から高まっていました。


 この下の表は95年以降、2004年のダイエーの破綻までの破綻した金融機関、その他のトピック的な倒産を記したものです。この累々たる死者達の群れは、どのようにも表現できない凄さがあります。 いかにバブルに踊った金融機関が多かったか、その恐ろしい金額に唖然とするばかりです。中小の信用金庫、信用組合の倒産は、不動産投資の失敗が大きかったのでしょうが、財テクに銀行そのものが走ったことが原因と言われます。自ら株をやり、為替をやり、自分自身で投機に突っ走っていって破綻する例も数限りなくあったのです。
 この表に抜けている94年、東京協和信用組合と安全信用組合の破綻、闇の紳士達で紹介した高橋治則が理事長していた信用組合がそもそもの始まりです。95年には大和銀行ニューヨーク支店を舞台にした巨額損失事件が発生、不祥事を銀行側が隠蔽しようとしたことが、アメリカの日本の銀行に対する不信を高め、やがて起きる大規模な破綻、不良債権に常にアメリカ側から不信をもって見られる契機になります。

取り付け騒ぎの木津信組

破綻金融機関 件数 負債総額 破綻信用組合・信用金庫 破綻ノンバンク その他 トピック的な倒産
1995 2       友愛    
3         阪和ギャランティ・ファイナンス 1318億円  
          島之内土地建物 2725億円  
7       コスモ 1700億円    
8 兵庫銀行 446 2兆4045億円 木津 1兆340億円 兵庫クレジットサービス 1403億円  
9         兵銀リース 2341億円  
          兵銀ファイナンス 2172億円  
11       福井第一 兵銀ファクター 3692億円  
12       大阪    
96 3 太平洋銀行 170 1614億円 行橋信用金庫    
4       山陽、けんみん大和    
9       能代信用金庫    
        武蔵野信用金庫    
11 阪和銀行 32 2929億円 三福    
97 3       阪神労働    
4 日産生命保険   1853億円 東海、土岐、北九州、神奈川 クラウン・リーシング 1兆1803億円  
          日本トータルファイナンス 6180億円  
          日本信用ファイナンスサービス 3784億円  
5 小川証券     朝銀大阪、田辺  
7           東海興業 5110億円
            多田建設 1714億円
9           ヤオハンジャパン 1613億円
10 京都共栄銀行 23 92億円      
  越後証券          
11 三洋証券   3736億円      
北海道拓殖銀行 248 3兆5772億円   たくぎん抵当証券 5391億円 東食 6397億円
  山一證券   3兆5085億円   たくぎんファイナンスサービス 2157億円 日東興業 2762億円
  コ陽シティ銀行 56 633億円      
12 丸荘証券          
98 1       静岡商銀    
3 不二証券     品川、西南、東興、豊栄、豊、 たくぎん保証 6100億円  
        通信、和歌山県商工    
4 松彦証券          
5 みどり銀行     奈良県、相模原、湘南、神奈川商工、    
福徳銀行     山口商銀、島根商銀、河内、大和、    
なにわ銀行     日本貯蓄信用、太平、大阪弘容    
中村証券     西部、長岡、埼玉商銀、六甲、    
        北海道商銀、福岡商銀、大阪商銀    
6       高島    
7 日新証券          
9         日本リース 2兆1803億円 苫小牧東部開発 1423億円
10 日本長期信用銀行 152 11兆7121億円      
12 日本債権信用銀行 89 4兆4849億円      
99 3       紀北 エヌイーディー 5100億円 フジビル 2000億円
          アサヒ都市開発 3227億円  
          アポロ・リース 4900億円  
4 国民銀行 57 640億円 共同、千歳、総武、大東、東京協和、 長ビル 2700億円  
        高知商銀、三重県、日本信販    
        神田信用金庫、玉野信用金庫、    
        不動信用金庫    
5 幸福銀行 276 3673億円 朝銀青森・宮城・福井・愛知・広島 日本ランディック 4708億円  
        ・山口・島根・福岡・長崎・東京・    
        千葉・新潟・長野、平和、足達綜合    
6 東京相和銀行 167 6101億円 竜ヶ崎、大阪商銀、東京都教育 エル都市開発 2419億円  
東邦生命   3750億円      
8 なみはや銀行 199 1兆258億円      
10 新潟中央銀行 143 1346億円 富山商銀、北兵庫    
11       小川信用金庫、日南    
12       松澤信用金庫    
2000 1       京都みやこ信用金庫、振興    
        南京都信用金庫、西相信用金庫    
2       長崎第一    
3       石川商銀    
4       岡山市民信用金庫、わかば信用金庫    
5 第一火災海上保険   400億円 四国貯蓄、三重商銀 ライフ 9663億円  
  第百生命   1450億円   イー・アイ・イーインターナショナル 
4764億円
 
          日本ビルプロジェクト 5600億円  
7           そごう 6891億円
 グループ48社(3兆49億円)
8 大正生命          
10 千代田生命   2兆9366億円      
  協栄生命   4兆5297億円      
2001 2       茨城商銀    
3 東京生命   9802億円 神奈川青果    
4       たいしん、加賀、京都商銀    
5       千葉県商工、春江 エスコリース 3460億円 マイカル 1兆3882億円
6       せいか、東京中央、東京、旭川商工    
7       小樽商工   新潟鉄工 2270億円
8       朝銀関東    
10       宇都宮、大阪第一、常滑、沖縄    
11 大成火災海上保険   4131億円 大栄、東京富士、中津川、網走、    
      岩手、宮城県中央、中津、臼杵、   青木建設 3900億円
      佐賀関、大日光、馬頭、関西西宮、   佐藤工業 4499億円
      三栄、秋田県中央、第三、東京食品、    
      松島炭鉱    
12 石川銀行 46 801億円 栃木県中央、黒磯、小川、岡山県、    
      都民、池袋、厚木、島原、長島、    
      佐伯、上田商工、両筑    
2002 3 中部銀行 26 63億円   ファーストクレジット 2605億円  
8           地産 3207億円
          大日本土木 2712億円
10           エスティティ開発 4922億円
2003 2           日本ゴルフ振興 3322億円
3           ジャパン石油開発 3077億円
11 足利銀行   2800億円      
2004 10           ダイエー 2兆4千億円 
   再生機構入り時1兆円
注:破綻銀行は融資先の件数及び倒産を含む。信用組合は名前のみ表記

一番右が木津信組の入り口

バブルにからむ金融に関わる大騒動は、繰返し繰返し、金融の各部門から発生します。

 70年代末に起こったアメリカにおける銀行の金融破綻の経験から、自己資本が8%以上ないと国際金融取引はしてはならないというBIS規制、が日本を含めた国際的な会議で制度化がされ、92年4月開始を控えていました。当時は、そこらの信用組合程度でも国際取引に進出していました(為替取引の手数料収入が銀行に莫大な儲けをもたらしていたようです。会社の財務担当役員辺りが為替取引に手を出して莫大な借金を負わせるという事件が何件か表面に出ただけでも出ていました。それらのほとんどがデリバティブ取引でした)ので、バブル崩壊で株価が下がり、自己資本が不足し、基準を満たせなくなるというので、資金回収など金融の収縮が起こります。しかし、これは自由化を先送りすることで、まだ、それほど大きな騒ぎはならずに終息します。

 次の波は、崩壊から4年経った95年のことです。世間的には、ようやくバブルの熱が冷めてきていますが、冷め切ってはいません。日本住宅金融、住宅ローンサービス、住総、総合住金、第一住宅金融、地銀生保住宅ローン、日本ハウジングローンという住専7社の経営がどうにもならない状況に追い詰められていました。バブル期の不動産投資が不動産価格の下落と、販売の極度の不振から、住専各社が抱える不良債権(6兆4千億円)処理のために税金投入するという住専問題が、激しい国民の反発を買って、ダッチロールを始めます。結末をつけるのに時間がかかり、それが一層、不況の傷を深くしたと言われます。

 95年という年は、凄まじい勢いで円高が進みます。不況下の円高、確か1ドル78円まで行きます。クリントン政権の日本を狙い撃ちした金融を使った猛攻に耐えられず、橋本首相は、アメリカのカンター通商代表との面会時に、竹刀を自分の首元に当てたパフォーマンスで、金融敗戦、マネー敗戦と呼ばれる事態そのものを象徴する姿になります。クリントンとルービン財務長官の高笑いが聞こえてくる場面です。

 箭内昇氏の日経に掲載されたコラムから引用しますと、

 80年代は、アメリカが経済の基礎競争力復活に死力を尽くした最後の時代だった。80年代初頭には20%という超高金利政策を断行してインフレを抑制し、80年代半ばにはプラザ合意でドルを切り下げて輸出競争力の復活をもくろみ、さらに80年代末にはスーパー301条まで発動して日本の輸出競争力を直接減殺しようとした。
その一方で、新しい金融ビジネスを育て、成長を図ったのも80年代だった。71年のニクソン・ショック直後に誕生した為替や債券の売買取引(ディーリング)は、80年代に入るとデリバティブ取引の促進との相乗効果で急拡大した。70年代末に住宅ローン債権から始まった証券化も、80年代になると、その対象がリースや不動産など、あらゆる資産に拡大し、それらを組み込んだ投資市場も急拡大していった。さらに、レバレッジの金融手法が確立したのもこの時代だった。自己資金にその数倍の借入金を加えて巨額投資を行うというこの金融手法も、余剰資金の運用に悩む金融機関との呉越同舟で急膨張していった。

 そうつまりアメリカは命がけで戦争を仕掛けていたのに対して我が国はバブルの風呂につかって良い気分でいたのだから、たまったものではなかった。我が国が奈落に落ちる97年、FRBグリーンスパン議長が景気循環は消え千年に一度の構造的変化の時代を迎えたと大見得を切るほどの好景気に包まれていたのです。

     
ロバート・ルービン財務長官                            クリントン大統領


 実質経済成長率で見た時に着目すべきは92年から2000年までです。日本の経済成長率がアメリカを大きく下回っており特に98年の乖離、日本の落ち込みの酷さは凄まじいものがあります。

  また、アメリカ貧困層のボリュームですが、景気循環のピークに貧困層の収入増によって減少するわけですが、2000年に93年に比べて1千万人近くが減ったことが分かります。いかにこの間のアメリカの景気の素晴らしさを物語っているかの話です。この時、アメリカは何十年ぶりかの財政黒字を達成するのです。
 不況が長引く中で税収不足に悩む大蔵省は秘かに消費税のアップを画策します。


  96年に橋本首相により、金融ビッグバンが打ち出され、金融の自由化によって、銀行と証券、信託、保険などの壁が取り払われます。ただ、この動きはやがて訪れる大合併へ向かう助走であり、当座は、何が変わるといって、変わらない。銀行に信託を売る窓口ができた程度でした。

そして97年です。
 橋本首相は、4月に消費税を3%から5%に引き上げます。これで5兆円、同時に社会保険料が上がり、それで2兆円、特別減税も中止で、何だかんだで、10兆円近い金が家計消費からもぎとられ、なべ底をうろうろしていた景気は、ガクンと底なしの地獄に向かって落ち込みます。不況の嵐は、また、土地も株も上がるのではないかという期待、膨れ上がった借金も、インフレで目減りし、いつかは返せるという高度成長期に通用した考え方が、まるごと吹っ飛ぶ事態が急を追って迫っていきます。
7月にアジア通貨危機が発生します。日本の中庭と言ってよいほど関係の強い東南アジア、香港、韓国がヘッジ・ファンドの猛攻を受け、脆弱な新興国経済が陥落していきます。多くの国がIMFの管理の下で再建を迫られる結果になります。間抜けだったのは橋本首相でした。インドネシアに、アメリカ・IMFのメッセンジャー役をやらされる。長年に渡って独裁的な政治を続けてきたスハルト政権が、これをきっかけに倒れます。頑強にIMFに抵抗したマレーシアのマハティール首相の、ヘッジファンドを非難し、国を閉鎖する方法が正しかったことが、後で立証されます。

 年末、今までそんなものがあるとも知られていないアメリカの格付け機関が北海道拓殖銀行、山一證券に最低の格付けDを付けた事で、一挙に崩壊の渕へ立たされます。橋本首相は、金融機関を守ろうとするどころか、自由化の帰結であるとやったことで、倒産へとジャンプする。
北海道拓殖銀行本店 山一證券本店

 戦後、土地神話と並んで、大蔵省が護送船団方式という保護の下に、大手の金融機関は絶対に潰れないという「不倒神話」が、突然、崩壊、日本中がパニックになったのです。 大蔵省によって隠蔽された不良債権が表にようやく現われ始め、次は、どこが危ない、あぁ、やっぱり潰れた、吸収されたという話が、怒涛のように溢れてくる。自分の使っている銀行は、保険会社は、大丈夫か。勤めている会社は保つのか、誰でもが不安に陥り、不安が囁かれ、それが次第に声高になってきます。

 ありえないと思われていた倒産の嵐の中で、預金保険機構はパンクし、金融機関の抱える膨大な不良債権、最初は住専問題だけだ、6800億円を政府が投入すれば収まるものだと考えられていました。ところが、これで止まるどころか日本中の金融機関の不良債権額はどんどん膨らんでいきます。最初に10兆円と言われたものが、30兆円になり、地方銀行や信用金庫まで含めると40兆円と推計されますが、それすらも誰も確定できない状況でした。日本発の世界金融恐慌をアメリカ財務省が真剣に検討する事態に落ち込んでいくのです。
総務省

 内藤純一氏「戦略的金融システムの創造〜「1930年代モデル」の終焉とその後にくるもの」の中で、平成金融危機を三つの時期に分けています。94年の2信組破綻から95年に中小金融機関が破綻した第1次危機、三洋証券に端を発し、北海道拓殖銀行や山一證券といった大銀行が破綻した97年11月の第二次危機、98年6月に日本長期信用銀行の経営問題が表面化し、10月政府による特別公的管理と呼ばれる国有化が行われた第三次危機。危機のたびごとに政府が様々な方策を講じながら対応していった様子がよく分ります。大蔵省を始めとした政府の対応策がまとめられており、猛然と湧き起こる世論、マスコミに振り回されながら、金融危機に対応するセーフティ・ネットのあり方を模索する姿があります。大蔵省は、懸命に金融の安定化に向けて働きます。金利はゼロに張り付いたまま延々と続きます。一方、海外では日本の金融機関の経営状況に悲観的な見方が広がり、輸出入で必要なドルの貸し出しを容易にはしなくなります。金利を上乗せすることを要求されます。それをジャパン・プレミアムといわれ、一時的ではありますが、100bp(1%)まで跳ね上がります。
浪川攻「金融自壊」より
コールレート                                   ジャパン・プレミアム

 当然、外野の方からは激しい非難、そして数々の処方箋が繰り出され、日経新聞提供の東京12チャンネルのTV番組 WBSが人気を集め、そこに登場する経済学者が一躍スターになっていくのです。その一人が、小泉内閣で金融を担当する竹中平蔵であり、ソニーの社外取締役になる中谷巌、東大の伊藤元重、痴漢騒ぎで名を落とす結果を招いてしまいますが、それもこれも経済評論家として名高かった故の植草一秀、立教の斎藤精一郎、野村総研のリチャード・クーRichard KOO、外資系証券会社ロバート・フェルドマンがいます。また、アジア経済危機を予測したことで有名になったアメリカの経済学者 ポール・クルーグマン Paul Krugman も、TV出演こそ少ないですが、堅苦しい経済書がベストセラーにランクインする。世界中の経済学者が、日本のバブル崩壊を見つめ、何が起きているのか、どのような処方箋が可能なのかを議論する事態になったのです。
 このようなエコノミストが前面に出てくるというのは日本社会では初めてのことです。特に日本の経済学者はアメリカのものを翻訳する力はともかく、日本の現状を数字的論理的に、データを基に思考する習慣がありませんから、クルーグマンが後年書きます「経済政策を売り歩く人々」に描写される政策プロモーター以下の財務省の走狗に成り果てた東京大学教授がザワザワと出てくるのは当然の帰結だったのでしょう。

クー 中谷巌 伊藤元重 植草一秀

 重く圧し掛かる不良債権の処理のために、20兆円の公的資金の投入が結果的に行われ、不良債権の回収も国家が行整理回収機構(RCC)が作られ、弁護士 中坊公平が任命される。正義の騎士の活躍に国民的な関心が寄せられるのです。一時は次期首相に最もふさわしい人に挙げられました。2005年までに実に100兆円近い不良債権が処理されることになるのです。しかし、その一方でRCCに対する取立てについてRCCに持ち込まれた債券を優先的に処理したことから、他の金融機関からの批判を受けるようになり、中坊氏は社長を辞任、弁護士資格をも放棄する、第三者には何が起きたのかよく分からない形でその役割を終えます。
http://www.fsa.go.jp/news/newsj/17/ginkou/f-20050729-5/04.pdf

中坊公平

 他のサイトからの引用ですが、銀行と保険会社が、どのように合併していったのかは、次のページで見れます。

銀行合併
保険会社合併
注入公的資金一覧
債権放棄一覧

参考資料:最後にして最大の爆弾─“生保・ゼネコン危機”保存
       破綻銀行関連の倒産動向調査保存PDF)
       破綻金融機関の関連倒産実態調査保存PDF)
       債権放棄企業実態調査保存PDF)
       上場企業の債務免除益調査保存PDF)

       金融システム安定化のための公的資金注入の経緯と現状(保存PDF)

バブルの終わりの後には廃墟ブームまで起こります。
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 久し振りにバブル企業の倒産情報が届いたので追加を(2008年4月)。
興和不動産(旧日本興業銀行系)=2004年、ケーアール不動産に。 負債総額1677億円
バブル期には積極的に展開、都心を中心に大阪、名古屋、福岡地区など大都市圏にオフィスビル「興和ビル」などを約70棟、その他外国人向け高級アパート約190戸や海外にも賃貸不動産を保有、賃貸収入を得ていた。バブル崩壊時、1兆円を上回る有利子負債を抱え、2001年に7000億円の削減を行うも、不安が強く興銀の足を引っ張り、興銀のみずほグループへの参加を促した要因とされています。

 R・クー氏の論文に当時の貸し渋りと政府による資金注入の関係図があったので引用させてもらいました(2008.9)。この図にある宮澤発言とは公的資金注入の発言をしたところ世間から猛反発を食らって、銀行への資金注入がその後ストップしたことを指します。また、竹中ショックとは不良債権処理を急いだことによるものです。クー氏は批判していますが、不良債権処理を行ったことによる経済界の安心感はそれ以前とは比べものにならないとは思いますが・・・・・。この図で注目されるのは貸し渋りの深さと期間です。


 バランス・シート不況という言葉が近年、定着してきました。バブル崩壊による資産、株や不動産の大幅な値下がりの結果、損益計算書PL上では黒字であるけれど、貸借対照表BS=バランスシートでは赤字になる、このために負債の削減が企業の最大の目標になり、投資は行わないというか、行えない状況になって、不況が深刻化していく現象ですが、その時にできることは政府支出の増強しかなく、政府支出を削減すれば不況が深刻化するというものです。
 橋本政権による失政から強度な金融危機が生じ、その後を継いだ小渕政権は大盤振る舞いをやります。小渕さん自身は国の借金が天文学的な数字になることに恐れ、日本一の借金王と自嘲します。この図では第二次資本投入ですが、公共事業は42兆円になります。
 しかし、いくら投入しても景気は上向かない、それも当然で企業は借金返済に努力していたからです。それでも森政権に移る頃には、やや上向きになるのですが、小泉政権になって、公共事業による景気回復は、ただ無駄な道路などを増やすだけだという批判をマスコミが煽り、高級官僚のスキャンダルが連発することも重なって、ストップすることになります。
 この行為は現在、一部で不況を長期化させたという批判が出ていますが、実際には、自民党総裁選で国債発行を30兆円以下にすると公約したのですが、予算編成で33兆円の新規国債を発行し「この程度の公約を守れなかったことは大したことではない」と言ったぐらいなんですから。とりあえず金融機関の不良債権の処理と規制緩和、民営化の推進などを考慮すれば、批判するほどのものでもないように思います。小泉擁護が激しいと言われそうですが・・。