どん底の喘ぎ
ホームレスネット・カフェ難民引きこもりニートゴミ屋敷


ホームレス(野宿者)

 超大国の衰微でふれたように、80年代、アメリカは不況の中でホームレスと連続殺人鬼に溢れますが、バブル崩壊がもたらした建設不況とリストラの嵐が同じ現象を引き起こしていきます。 実は、日本でもバブル期の好景気の中でも、路上生活者がいた。ただ、彼らが貧困の故に路上生活者に落ちぶれたというには、我が国では抵抗感があった。乞食(人に食物や金をせびる)ではなく、 一種のボヘミアンと見なされるところがあった。
 しかし、ホームレスという呼び名がすぐに一般化していく。一般化すると同時に急激にホームレスは増大していく。青テントが公園や川べりに林立する。 バブル崩壊後にホームレスが一時的急増し、ついこの間まで札びらを見せびらかして、豪遊していたものが、いきなりホームレスに落ちた話が、TVなどに取り上げられます。ホームレスの増加が顕著になるのは運命の97年の翌年、98年以降の数年に集中します。

権徹「歌舞伎町のこころちゃん」


 ホームレス達がかたまって暮らす形が繁華街のあちこちに見られるようになり、テントばかりでなく、構造物のような形式のもの多く見られるようになります。中には発電機で暖冷房するようなものまで出現し、生活そのものが路上で展開され、住民や通行する人達の眼をそばだたせて行き、行政も警察も放置することができなくなって、公共の場所から放逐しようという動きが強まっていきます。その象徴的な事件が新宿西口の地下広場に集まっていたホームレスを撤収させる事件です。ホームレス側には山谷などで社会運動をしていた人達などの支援者も加わり、座り込みなどの抵抗を示しますが、最終的には追い出され、多くが隅田川沿いの河川敷などに移動していきました。

東京都とホームレスの間で撤収騒ぎが起きた新宿駅西口のホームレス達(「寄せ場」#9より)



権徹「歌舞伎町のこころちゃん」
 ホームレスの多くは仲間達の助けにより病院で亡くなりますが、引取り手の無い行旅死亡者として、下の写真のような姿になって行ったのです。
写真:渡辺克己

 バブル前後の大阪釜ヶ崎の話が、生田武志「ルポ最底辺」にありましたので引用しておきます。長くなるので抜粋してあります。 『釜ヶ崎には空前の量の仕事がやってきた。数え切れないような手配の車が来て労働者は引っ張りだこの状態になった。 西成労働福祉センターの統計では81年に59万人の年間求人数が、87年118万人、89年には187万人。最低労働単価は釜ヶ崎史上最高の13500円/日が成立した。 労働力が不足するため、手配師たちは日本中、世界中から労働者をかき集め始め、韓国やフィリピンの労働者も流入してきた。 88年から91年までは釜ヶ崎にとっては大阪万博以来の好景気に沸いた。』
その時期の90年10月に釜ヶ崎で暴動が発生します。西成暴動といわれるもので、17年ぶりに暴動が起き、5日間続きます。これは一体、何だったのか。 一番、釜ヶ崎にとって良い時代に、何故、暴動が起きたのか、誰も解明できない問題です。


1990年西成暴動

 釜ヶ崎の求人の減少は91年秋から92年に起きてきて、労賃も9000円に急落していきます。93年の求人数は90年に比べて半減してしまいます。 90年代には、肉体労働は若年化と常用化が進み、日雇い労働者の切捨てが起き、日雇い労働者の野宿化=ホームレス化が全国的に数千人規模で発生していきます。

 ホームレスは大都市以外にも拡散し始め、地方都市にも見られるようになり、市街地以外の多摩川の河川敷のような所にもテントを作っている姿が見られました。

 荒れる若者たちは初めは親爺狩りと称して酔っ払った中高年男性を標的に集団で暴行を加えていたのが、やがて対象をホームレスにしたホームレス狩りが発生し、何人かのホームレスが襲撃により死亡しています。
浅野いにお「世界の終りと夜明け前」


 
東鍋昌平「闇金ウシジマくん」                        福満しげゆき「やっぱり心の旅だよ・・・」

 こういうのは我が国だけかと思っていましたが、どうやら先進国特有の吹き荒れる暴力のようです。アメリカではバムファイトと呼ばれているようです。バム(Bum)は「人間のクズ」という意味で、主にホームレスを指し、「バム・ファイト」はホームレスを酒代で釣って、互いに殴り合わせて楽しむというものでYouTubeに何本かの映像が挙がっています。まぁ、実に欧米的な下劣な趣味です。日本の集団的暴力とどっちがどうだかは言えませんが。「自殺/失踪」の中で殴り屋の話を書きましたが、殴り屋の方がはるかに健全な精神です。


 深刻な不況は明日は我が身かという恐怖が蔓延しましたが、多くが普通の生活に戻っていき、元からのホームレスや若者のホームレスが目立つようになっていきます。この事態の中で行政は自立支援を行うと共に、2005、6年頃辺りからホームレスに積極的に生活保護を受けさせるように仕向けていき、次第にホームレスを見かけるのが減っていきました。
 そしてホームレスのもらう生活保護を毟りとろうと暴力団がホームレスをパチンコなどのギャンブル漬けに追い込んだりする事件が起きてきますし、2012年には芸能人の親族の生活保護の不正受給問題がネットで騒がれ、国会でも取り上げられる事態が生じることになります。

ネットカフェ難民 & 家出少女
 Wikiから『定住場所を持たない者の多くは、かつてはドヤをはじめカプセルホテル、深夜をまたいで仮眠が取れるサウナや健康ランド等を生活の拠点としていたが、2000年代に入ると、深夜に長時間・低額料金で利用可能な「ナイトパック」やシャワールーム、個室席等を備えた、インターネット利用も可能な複合カフェが普及した。その後、値下げ競争が激化した東京・蒲田地区を中心にその存在が目立つようになり、それ以降は都市部を中心として全国的に広まった。』若者のホームレスの一形態です。
 バブル時代に繋がる問題は、企業が人員を搾った関係で、なかなか正社員として雇用されないという問題があります。ただ、その場合でも注意しなければならないことは、多くの若者は仕事がまったくないので、というより、3K職場などを避けている、シンドイ仕事を避けているという側面が濃くあることです。本当に追い詰められてはいない、何か偶然にやってくるものを期待している側面があるという事です。

 ネットカフェに泊まるというのは決して安いものではないことは、利用している当人達も、よく分かっていることでしょう。住居を持たなくなった時、どこの国でも同じでしょうが、大きな基盤が失われたことですから、漂流が始まってしまう。その前に、あるいはなった後にでも漂流を止めなければ、とめどもなく流れていくことになります。流れるのを止めるのは本人が一番、そのことを意識しなければ、どうにもなりません。そして誰かが助けなければならない。それが難しくなっている可能性があります。
 その一方で、確かにネットカフェ難民は新しい形ではありますが、若者が自分の場所を求めて彷徨うというのは、いつの時代でも共通のことです。我々の頃にもありました。漂流する中で何かが見つかれば、それなりの価値があるものだと思います。下の引きこもりやニートに比べて社会問題としての重さは、もの凄い問題だということはないと思います。


派遣切りネットカフェ難民

 ネットカフェ難民の多くは男の子ですが、そこに家出した来た少女達もまた入り込んできています。ネットカフェにも入れず路上で寝ていて補導されるケースも増大していました。




パワーハラスメント:ひきこもり
 昭和50年代から始まった引きこもりの多くが若者中心で、思春期の問題と考えられてきました。ところが、バブル崩壊以降、この画像にあるような中高年に引きこもりが発生し始めます。企業環境が厳しくなって、ノルマ達成を強く要求するようになったことがあります。人間関係もギスギスしたもので弱肉強食の勢いが強まっていることが要因として大きなものがあります。企業は役に立たない人間を認めるほど、余裕はなくなっているのです。やがてセクシャルハラスメントにあらずして地位を利用した嫌がらというパワーハレスメントという言葉が作られ、法廷闘争にまで至ります。

 この中高年に発生したひきこもりは、若年層とは違う家族に深刻な影を落とすようになります。多くが欝や対人恐怖症、恐怖でエレベーターや通勤用の電車に乗れないなどの病状を呈するようになったからです。

スーパーニュース中高年引きこもり
半年間風呂にも入らず5年間ひきこもった少年


ニート Neet
 世界的にもニートは働かない日本の若者を指すそうですから、豊かな日本が生んだ病理の一つなのでしょう。強い怠惰さを感じさせるもので、引きこもりに比べれば社会的病理は小さいものです。「働いたら負けだと思う」という心情は、かつての不良少年の一部にもなかった訳ではない「いきがり」の一つでしょう。これも誰かが面倒見てくれるという甘えが強くあり、社会の底辺に落ちていく前触れを示しています。昔なら女に獲り付いてヒモとして生きる形でしょうが、今時の女の子は厳しく選別するから、さて、どうなっていくことか。

働かない男たち 20代 30代 50代のニートそれぞれの生き方

ゴミ屋敷ゴミ部屋
 ある種の精神の箍が外れてくるのかもしれません。バブル崩壊以前からゴミの集積は始まっていたのでしょう。しかし、それが露骨に問題化していくのは、この崩壊と何か相通じていくものがあったように思います。ごみが野積みの状態で個人の家の周囲に放置され、住人が自ら出すごみはもとより、近隣のごみ集積所からごみを運び込み、ごみを溜め込んでいくものです。ゴミとはいえ個人の財産とみなされ、周辺が悪臭や蝿などで大騒ぎになるまで行政も放置したままであり、この時代にようやく手がつけられるようになります。
ブログから


 ゴミ屋敷も多くが独居の老人がゴミ収集の主役ですが、マンションやアパートなどは独身の男女が、廃棄の怠慢からゴミが堆積していくものですが、それだけではすまないほどの量が集積されている場合もあります。買い物依存症の場合は袋に入ったままのブランド品で部屋が足の踏み場も無い状態になったり、拾い集めてきた本・雑誌等でアパートの床が抜け落ちるなどの事件もあり、「ごみ屋敷」状態を作りだしていくという点では同じような精神の毀損があります。年齢はあまり関係無いようで、孤独死した年寄りの住まいがゴミ部屋じょうたいになっている例も多くあります。片付けられない女とか、汚宅訪問とか、チャカした話やら、整理屋という商売も繁盛します。



日本貧乏菌研究学会「爆貧菌」
                中村うさぎの自宅訪問

古谷実「ヒメアノール」