極端な不安が横行します。それに乗るマスゴミとは何でしょうか。光文社が発行したペーパーバックはその典型です。
「八百長経済大国の最期」
「泥棒国家の完成」
「グッバイゾンビーズ」
「日本がアルゼンチンタンゴを踊る日」
「2008年IMF占領」
「『国家破産』以後の世界」
「這い上がれない未来」
「新円切替」              等々

アメリカによる謀略論も、実に甚だしい。
これは光文社ではありませんが・・。
「アメリカの日本改造計画」
「アメリカに食い尽くされる日本」
「日本壊死」
「預金封鎖」
「悪賢いアメリカ、騙し返せ日本」  等々


 不安論に悪乗りし、根拠ない悪口をする経済評論家、政治評論家がわんさか湧き出ます。その一方で、日本衰退、日本崩壊論に対抗する形での様々な取組みが行われていくのは2000年に入る頃からです。かの運命の97年から3年を経過しています。アメリカに見習って金融、情報立国への動きもありますが、これがなかなか巧くは作動しません。日本はやはり「もの作り」だという声が強まっていきます。もの作りの原点である中小企業を見直そうという形です。こんなに世界に誇れる中小企業が日本にはいっぱいあるんだ。日本を元気にしようが合言葉のようになっていきます。その代表的な番組がNHKの「プロジェクトX」と12チャンネルの「ガイアの夜明け」です。

復活への道


 金融不安に満ちた年月から、小泉首相が5年(2001.4〜2006.9)をかけて立て直しました。今、誰も金融恐慌を話さない、明日にも勤める会社が倒産するかも知れないという人もいない。その小泉首相が2006年、去る。竹中大臣も去る。毀誉褒貶、様々ですが、ともかく立て直した功績は大きい。

 
 小泉純一郎首相                               竹中平蔵

 小泉首相が真っ先に取組み、最も成功したことがアメリカとの協調、ブッシュ大統領との関係構築でありました。これは橋本首相の大失敗の後を受けた、どうしても我が国の首相としてしなければならないことであり、復活に向かって進み得た最大の要因でした。左翼というか、民主党辺りからはアメリカのポチだと罵られましたが、小泉首相は平然としていました。この時期に小泉首相という人物を得たということは、我が国の将来への希望を掻き立てるものになりました。
エアフォースワンに同乗した小泉首相とブッシュ大統領

 小泉首相の行動をまとめた記事がありましたので、そこから引用します。『小泉内閣の中核を担ったのが、経済財政諮問会議です。この会議は首相を議長とし、官房長官、経済財政担当相、財務相、総務相、経産相、日銀総裁、そしてメンバーの4割以上を確保するよう法的に担保された民間有識者という構成です。予算編成過程の改革、金融システム改革、郵政民営化、三位一体の改革、政策金融改革、規制改革、税制改革、経済成長戦略、歳出・歳入一体改革など、この会議の成果をフルに活用したのが小泉首相でした』(さるさる日記-泥酔論説委員の日経の読み方 2010.10.17)


 戦後日本というシステムが瓦解し、新しい時代が否応もなく始まりました。ある人達にとっては、辛い日々かもしれません。ある人々にとっては希望が見出せる社会になったというかもしれません。でもこんなことは何時の時代も同じであり、やはり進んでいくことになります。そして多くの若者にとっては、バブルということすら忘れていく。

 しかし、エリート層はこのバブルの傷、そしてアメリカのやり方を深く刻み込んだでしょう。成功よりも失敗の方が学びやすく、容易には心から消し去ることはない。我々には貴重な体験であり、明日の糧になるものになったのです。

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 これを書いてから2年後の2008年、格差社会を叫ぶ声に押されて、不思議なことに小泉首相を批判する本だけが市場に残り、小泉首相の功績を認めない論調がマスコミに溢れていることは、不幸なことです。小泉首相の進めた政策は、現在では新自由主義と解釈されています。小泉首相が進めた民営化、規制緩和、構造改革を全否定するような論調も垣間見えます。行き過ぎとも、不徹底とも、ありますが、現時点では行き過ぎの批判が多いようです。
 しかし、もはや民営化を後戻りできないし、後戻りしないから平気で批判できるのではないでしょうか。批判は小泉首相と竹中氏に集中しますが、実際に最も被害を受けたとする現在、30歳前後の人々をフリーターなどに追いやったのは企業であったのですから、政治に責任のすべてを投げるのは思考停止であり、何の解決も彼らにもたらしはしないでしょう。
 そして企業の復活こそが、今の我々なのですし、圧倒的多くの人々が普通の暮らしを維持しているという事実を見逃してはならないのです。フリーターや収入の格差に苦労している、私もその一人ではありますが、小泉首相が行った政策が関連するとすれば、バタフライ理論のような蝶の羽ばたきが影響するような迂遠で、信じることはできない程度のものです。
 政府の行った構造改革が、フリーターを増やしたり、介護難民を増やした、自殺者が減らないなどと言った批判と、どこでどう結びついているのか、私には全然、分からないのです。政府機関の民営化がどうしてフリーターの増大に結びつくのか。
 企業が行った人事政策、経営改革に起因するとすれば、それを政府が止めなかったからと言うことでしょうか。企業は生き残るために、多くの従業員の雇用を守るために、非正社員化を進めたとすれば、フリーターは我々の犠牲になったとも言える訳ですが、彼らへの救済に、政治や行政が取組んでいる状況でもあるのですから、日本は良い国だと思いますし、それに応えて懸命に努力している多くの人達もいるのでしょう。マスコミで商売でしゃべっている連中、それにワァワァ言って、暇つぶしをしている人々、まぁ、いつの世もこんなものかもしれません。

 今、再び、バブル崩壊の波がアメリカ発のサブプライム問題を契機として始まりました。世界中を巻き込むバブル崩壊は資本主義のあり方すらも問いかけるものになりつつあります。因果応報のように、バブル崩壊の97年前後、我々を苦しめたルービン財務長官、ロシアに端を発した経済危機に、日本に怒鳴り込んできたといわれるサマーズ財務長官、神ともマエストロとも称されたグリーンスパンFRB議長が非難を受け、あの当時、グローバルスタンダードの象徴であった時価会計基準すらも、平気で踏みにじって恬として恥としない姿勢はげんなりさせられます。97年のアメリカの銀行と証券の壁を作っていたグラス・スティーガル法の廃案こそが、今回のアメリカのバブルの契機の一つになったといわれています。あの金融自由化の大騒ぎとは一体なんだったのでしょうか。

 2008年、アメリカの大手投資銀行はすべて消失しました。AIG保険会社も膨大な政府資金で、かろうじて生きています。2009年にはクライスラーは身売り、GMは国営化されました。ポンドも、ユーロも暴落し、ヨーロッパは失業の嵐が吹き荒れています。成長センターであった中国も、ロシアも危うい。

 あの時、不良債権を処理しておいて本当に良かったのではないでしょうか。
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 また、2年経ちました(2010年)。奈落に落ちるという雰囲気はなくなりました。アメリカも、日本も、世界各国で左翼政権が誕生しましたが、為す術もないという現状で、共和党や自民党の方がはるかにマシという中で、自然回復を祈るのみという状況です。深刻度を増したのはヨーロッパです。日本が懸命になって金融機関の安定と修復に努力していた頃、アメリカの金融機関はヨーロッパ及び自国内でバブルを作り出し巨大な収益を貪っていたという問題が、どうやらこのリーマンショックを契機とした金融恐慌にあったようです。アジア及び日本から毟り取った収益では満足せずに、より大きな果実を求めたというべきかもしれません。資本の自己運動の凄まじさで、それを制御できなかった金融当局の責任は重い。
 今日読んだEUのバロニエ金融市場担当のセリフが気に入ったので、付け加えます。『我々には市場が必要だ。付加価値を生み出す金融機関も必要だ。しかし、全員、自らの行いの責任をとらなければならない。気違いじみた報酬に繋がる気違いじみたリスクをとる人間は、正気に戻されなければならない』。さて人類は金融という化物をどう管理するのでしょうか。
 我が国は幸いなことに、不況に喘いでいた関係から、金融問題は軽くて済み、崩壊の不安がない中、マスコミは、ぞろ日本衰退論がのさばり始めます。衰退を防ぐということではなく、絶望を煽り、不安を惹起することしかしません。世界最低水準といわれるマスコミは経済を維持し立て直した麻生首相を、不条理極まりない難癖をつけて追い出し、民主党政権を作り出しますが、日を追うごとに、その酷さが露になっていくのを必死になって守ります。我が国の民度に比べて著しく劣るマスコミに、やがて大きな変動が起きてくるのでしょう。

 世の中は面白いものです。構造改革路線ではなく、当時、クー氏が唱えた、ともかく政府が金を突っ込む込めば良かったのだという評論家が今いますが、まぁ、これも後付け的な話で、当時のやってもやっても景気が上がらない焦燥感が濃くあり、使われない高速道路の整備や超豪勢な公共施設の建設などが目立ち、いったい誰のための施設なのか、何時まで無駄使いをしているのだという雰囲気が強まり、クー氏の立場も微妙になっていたことです。
 政治は手法の問題も大事ですが、信頼が何より大事で、小泉首相は何かをやったから救世主になったのではなく、もう彼しかいないという雰囲気の中で首相になって、やり通した強さがあったことです。国民世論的な雰囲気は彼の劇場型政治というものと巧くマッチしていました。当時の誰がやっても、もうあれ以上、政府の金を突っ込むことなんかできなくなっていたのです。だから構造改革路線という新自由主義的な手法が採られた、そのことをよく理解しておかないと、後付で理論と違っているといっても、あまり意味をなしていないというか、当時、実行不可能なことを、今更、批判しても仕方がない。

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 また、一年経ちました。ヨーロッパはいよいよおかしくなってきました。最初に破綻したアイスランドはともかく、今来ているのはギリシア、次に控えるのがイタリア、スペイン、ポルトガルのPIGS勢をみると、ヨーロッパの発展の順番におかしくなっていくようで、歴史の皮肉を見るようです。全盛期以降、産業が衰退し、それを金融によって無理矢理の不動産バブルで持ち上げた構造です。これもアメリカが低収入層から金を毟り取る形になったように、ヨーロッパももはや何もなくなった古い文明国から、東西を合併したは良いけれど、先の展望が見えなかったドイツが、アメリカの金融革命を使って毟り取ったとも言えるのかもしれません。勿論、慌てふためいているのはドイツなんですが。リーマンショックにおける処理の誤りが根本の原因で、問題の先送りと責任をとらないと、さんざん日本社会を非難してきた同じ構造が欧米で見られるのは、何でしょうかねぇの感じです。日本人だからではなく、人間の本性なのでしょう。
 それはともかく、EUの夢は終わります。共産主義が惨めな終わりを迎えたように。ヨーロッパというのは、社会主義、全体主義を夢見るような体質があるのでしょう。ヨーロッパ哲学なんていうものには、何も生み出すことはないということを日本の学者やインテリも少しは意識しないと駄目ですが、この悪弊は日本のマスコミと同じく、どうしようもない所まで至らないと分からないのでしょう。
 この経済問題は新たな日本の時代を生み出そうとしています。文明の新たな方向は日本が指し示す何か。それは声高にイデオロギーとして、あるいは哲学や宗教として述べられることはないでしょう。ただ、日本的な生き方が人類にとって、少なくとも欧米が支配していたものより、争いごとが減り、人間的であり、心地よいものになる。それが日本の世紀というものではないかと考えます。

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 東日本大震災以降、原発問題が浮上しました。福島原発の爆発は明らかに菅直人首相が引き起こした人災であり、ひいては民主党の問題です。災害が起きた時に不明なるトップを持つ不幸、極まれりですが、これも喪われた二十年のツケなのでしょう。
 それにしても小泉首相が原発稼動に反対し続ける、反原発運動にのめりこんで行くことで、晩節を汚す結果になりました。完全に過去の人です。栄枯盛衰、定まらずですが、大変、残念ながらその程度の人間だったのかと、擁護してきた私としては残念としか言いようもありません。やはり偶々だったのですなぁ・・。彼の方法論自体も異質であったし、日本的ではなかったので、気分の大きな転換点ではあったけれど、結果は何も生まなかったのかもしれません。弊害ばかりという批判には組しませんが・・・。