禿鷹 ハゲタカ・ファンド=Buy-Out Fund

 この話題を長く書かなかったのは、バブル崩壊によって生じた様々な混乱の中で、小泉首相が始めた改革に対する感情的な反発の手段として、ナショナリズムを刺激して情緒的に小泉叩きをしようと、 論理的な判断を遮断させようとする意志が強くあったと思えるからです。それは2010年の今でも残留する根深いものです。郵政民営化はアメリカのユダヤ資本に我が国の庶民の貯金を売り渡すものだという、実に阿呆としか言いようもない論説です。株も手放していないのに、郵便局の金がアメリカの何も、まだ買ってもいないのにですよ。

 ハゲタカ・ファンドとは、アメリカから押し寄せる金融勢力を総称するニュアンスを当時、強く持たれたもので、私からすれば、バブルが膨張していった時代に、アメリカの資産を食い荒らしたのは日本ではなかったか。その時には何も言わずに、自分達が荒らされる番になった時に、ナショナリズムだけで、煽るのはどうかということです。
 アメリカ金融機関が最新の金融技術を使って、日本の銀行が抱える不良債権を買い叩いて、膨大な利益を上げるとしても、それは我が国の方に力がない、我が国の金融機関が不良債権を処理する力がないせいであって、それ以上ではないということです。膨大な利益が気に入らないというのも、どうかなということです。金融技術だってエレクトロニクスだって同じことで、真空管がICに取って代ったといって誰も非難しないのと同じです。単に技術、アイディアの問題なのです。技術やアイディアを開発できない日本の金融機関のだらしなさ、護送船団方式に甘えて、独占のメリットを享受してきた銀行をはじめとした金融機関や、規制で金融機関を縛り上げ思うがままに操り、金融機関による贅沢極まる接待と、渡り天下りの甘い汁を貪ってきた大蔵省の方が問題なのです。それでも我が国から金が毟り取られるのは嫌だというのは、我々が輸出によって海外の雇用を奪っているという事実からすれば、何をかいわんやです。

 もちろん金融商品とはいえ「商品」なんですから、行政として、我が国で利用して大丈夫か、食品衛生法的な、あるいは薬事法的な対応を取るのは当然のことであり、それを検査検証するのにふさわしい法律が現在もあるのかといえば、大いに問題であるということです。財務省は当時も、現在も野放図に金融商品を放置すべきではないと私は思っています。

 いったい何が問題であったのか。手法として、中長期での投資を主体とし企業に成長資金を供給、若しくは取締役を派遣後、大規模な経営再建を実施するファンドと、買収する企業の資産を担保にして資金を集めて、株を買い占め、会社を乗っ取り、資産を切り売りして解体し、利益を手中にするLBO(レバレッジ・バイアウト)や、当時、世界的に猛威を振ったヘッジ・ファンド(hedge fund)との混同もありました。

 不必要に日本の金融叩きに邁進しアメリカを称揚した日経新聞を始めとしたマスコミ、経済評論家が、バブル崩壊で自信を失った企業家を直撃したことです。現在とは違って、当時は盲目的にそれを信じた企業や人々が多くいたことです。私自身もその一人ではありましたが、まぁ、私の場合は影響力も、金融をベースに仕事をしていた訳ではありませんでしたから、特にどうこう言う問題ではありませんが。これは今でも続く問題で、日本のシステム、金融だけでなくすべてのシステムは腐っているという情緒的な、何の根拠もない主張です。いったい人間が構成する社会で彼らの言う理想なんてものがあるはずがない。むしろ日本は欧米に比べて、他の世界のどの国と比べても、まずまずのものであって、非難すべきことは、ごく少ないのです。

 我々には分かりませんでしたが、日本に上陸した大手の金融機関を除くと、ハゲタカ・ファンドと目された多くが、アメリカでは二流というか、規模の小さなファンドであったことです。彼らは本国で出遅れた分を日本で取り戻そうとしたのでしょう。大手の金融機関も、中小のファンドも、日本サイドの無知に付け込んで金儲けをしようと言う強い意志をもっていたことです。ここに詐欺的な手法やら、謀略的な動きが出てきます。
 詐欺的な手法の代表例が日本の一流企業を巻き込んだプリンストン債をめぐる事件であり、謀略的な方では、官公庁によって管理閉鎖されているマーケットをこじ開けて、自分達の収益にしようという圧力が起きます。途中で頓挫しますがエンロンの電気の自由化をめぐる動きです。ここらの動きが当初は分からず、いい様に振り回され、被害も出て、アメリカ金融機関のやり方に強い疑いなり、日本の資産を食い荒らすものと言う評価が出来上がっていったのです。

 さて、この時代の我が国におけるアメリカ金融機関の動きなのですが、困ったことに、まとめたものが発見できておりません。私なんか、金融の世界に身を置いていないので、この問題の知識は乏しいので、ひどく書き難いので、メモ的に留め、後から追加します。

 まず前哨戦は、バブル時代に大量に購入した海外資産の売却から始まります。捨て値と言って何らの間違いもない値段で売却に走ります。もともとアメリカの不動産に関する知識もない中で行った高値掴みだったのですから当然のことでしょう。ゴルフ場にしても、我が国の会員権ビジネスと同じ調子でやろうとしたのですから、端から無理でしたし、映画会社の買収にしても映画ビジネスの基本も何も分からないで手を出したのだから当たり前です。これは他のビジネスの買収でも同じで経営ノウハウもなくやったことですから、手放していく、何のことはない相手の赤字補填をしてあげただけという結末です。

 次は国内での不良債権処理です。資料によれば、97年12月、そうあの97年です。東京三菱銀行が世界最大の穀物会社カーギルに不良債権をバルクで売却したことが、まとまった不良債権売却の嚆矢となるものだそうです。投売り状態ですから、タダ同然の価格で売却され、それを外資が買い集める構図が出来上がります。

 バブル崩壊後の日本は外資系金融機関にとっては黄金の国であったそうで、一つは巨額の不良債権を安値で買い上げる。二つめは低金利で運用先が見つからない投資家に、金融商品を提供する、三つめはリスクの取れなくなった日本勢を尻目に、株式市場などでシナリオ相場を演出して利ざやを稼ぐ形で、後ろにはヘッジファンドなどリスクをとることで巨額の利益を上げる投資家連中がいたことです(滝田洋一「日本経済不作為の罪」日本経済新聞社から、一部、文章を変えてあります)。彼らは驚くべき利回りを稼ぎ出すのです。

 この間の外資系金融機関の動きは、外資系投資銀行の虚像と実像「週刊新潮」に詳しく書かれています。その内容は、真山仁「ハゲタカ」が描写した世界です。



 当時、マスコミ的に話題になったものを、取り敢えず並べておきます。

シティグループによる日興證券グループへの買収と支援
リップルウッドによる長期信用銀行の引き受けと新生銀行の設立、コロンビアの買収
・東邦生命保険の破綻処理におけるGEキャピタルの引き受けと2003年、AIGが買収
GEキャピタルによる日本リースの引き受け
スティール・パートナーズによる2003年12月のソトー及びユシロ化学工業に対する敵対的TOB
カーライルによる日本コーリン、ウイルコム、チムニーなどの買収及び売却  カーライル・グループ 日本ニュース
ダイエーが売却した神戸オリエンタル・ホテルなどメズレフ(MSREF: Morgan Stanley Real Estate Fund)によるM&A モルガンスタンレー(MS)のM&A案件一覧

 外資系金融機関の活発な動きに対して、日本の投資会社も設立され、活動します。
・MKSパートナーズによる福助、ラオックスの株式の引き受けと売却
アドバンテージパートナーズによるダイエーへの経営参画、ポッカのMBO

 この中でリップルウッドと日本政府の間で交した契約に瑕疵担保条項があり、新生銀行側がそれを行使してファーストクレジット、マイカル、ライフ、宝幸水産など321社を相次いで破綻に追い込み、1兆1702億円(額面ベース)ものの資金を預金保険機構から引き出すという事態が起きたのです。ハゲタカは、1兆2380億円も荒稼ぎし、この内の大部分は、預金保険機構、つまり国民の血税から得たのです。世論は激しく沸騰し、ハゲタカ・ファンドの異名を轟かすことになります。

また、あおぞら銀行(旧日本債権信用銀行)にからんでアメリカ投資ファンドのサーベラスも話題に上がりました。

 ゴールドマンサックスなどは、暴落した会員権訴訟に耐えられずに、ゴルフ場が破綻していくのを次々と買い集め、2006年には関連のローン・スターとあわせて圧倒的なシェアを握ることになります。経営に行き詰った温泉旅館の再生などに乗り出していきます。ここにもリスクを取れなくなった我が国の金融機関の弱体ぶりを見ることができます(北村慶「投資銀行が邦銀に屈した日」東洋経済新報社)。

ゴールドマンサックスの買収したゴルフ場                      ゴールドマンサックスが星野リゾートと協働して手がける温泉旅館

 

 国内の方では、すべての企業がバブル崩壊で苦しんでいた訳ではありません。選択と集中の名の下に、盛んにM&Aが行われるようになり、それを仲介する投資銀行などが現れてきます。外食関係では大手企業がM&Aを積極的に行いました。有名なのは牛丼のすき家を展開するゼンショウです。ファミレス、居酒屋、ファストフード、スーパーを次々に傘下に収め、あっという間に、大手外食チェーンと認知され、今や吉野家を凌駕する存在になっています。M&Aの件数を見ると2006、2007年がピークになっています。TOBも同じ頃にピークとなり、3兆円を上回るほどになりますが、以降、1/3にまで下降します。


 そして不動産投資ファンドです。
 モルガンスタンレーの副社長が2005年10月に週刊東洋経済のインタビューに答えています。
『日本で活動を始めたのは1997年で、当初は不良債権の買い入れが主だった。単純な不動産売買で収益を追求するプレイヤーとは一線を画し、われわれは不動産投資家としての世界での経験を生かし、長期的な所有にこだわった。現在のメズレフの総資産400億ドルの約25%は日本の不動産への投資で、日本ではグループ関連会社を含め約200人が不動産業務に携わる。日本市場はテナントの権利が強く、オフイスの平均賃借期間も2年と米国の5−10年、英国の20年に比べ短い。労働集約的でコストも高いが、銀行や大企業など専業以外の不動産所有者が多く、資産効率を上げる余地が残っている。CMBS(商業用不動産担保証券)やJ−REITの発達で市場は大きく変化した。今後1年〜1年半で不動産ファンド市場は倍増しよう。景気回復もあり、都心部での不動産価格上昇には違和感はない。J−REITやファンドの利回りも下がったが、国債利回りとの差であるイールドスプレッドで比較すると、日本の200〜300ベーボイシスント(2ー3%)に対し米国は50−100ベーボイシスント、英国に至ってはほぼゼロで日本はなお魅力的。海外投資家の引き合いも増加している。』

J-REITの市場開設式典                   2002年12月総合規制改革会議の答申書を小泉首相に手渡す宮内氏

 不動産投資ファンドは、一時、飛ぶ鳥を落とす勢いであったダヴィンチ・ホールディングスなどが有名です。ダヴィンチが買収した通称軍艦ビルと呼ばれた芝パークビル(1430億円)、JR東京駅前のパシフィックセンチュリープレイス丸の内(2000億円)、2008年には資産規模1兆円を超えます。でも、ここらがピークでした。不動産投資ファンドは、それほど広がらない内に、アメリカでサブプライム問題が起きて、外資系金融機関が総引上げ状態になり、急速にマーケットは縮みます。そしてゴールドマンサックスの投資ファンドWhite Hall Fund、Lone Starは全滅します。ただ、わずかな期間ですが、膨大な金が集め、レバレッジを効かせて果敢に投資する中で、各種の噂が流れ飛びます。オリックスの宮内義彦氏のことが当時、相当に話題に上りました。というのも郵政公社管轄下の簡保によって建設運営されたかんぽの宿の多くが赤字であり、それを売り払う話が持ち上がり、それが不当に安い価格なのではないかという疑惑が発生したことです。宮内氏が小泉内閣の総合規制改革会議の議長であったことも災いしました。当時の総務大臣鳩山邦夫からのクレームであったこともあり、この話は結局消えることになるのですが、この間に様々なオリックスに絡む不動産取引や村上ファンドとの関係など、一連の新自由主義的な手法による事業開拓の黒幕的存在として取り沙汰されました。いったい、あれは何だったのか、今ではさっぱり訳分からなくなりました。

 この97年から、リーマンショックが押し寄せる2008年までの金融界を巡るワサワサした騒動は何であったのか。どれだけ企業の活力強化に役立ったのか。我が国にとって何であったのかの検証は行われておりません。ともかく嵐は収まったという感じでしょうか。70年代から90年代まで世界を支配したドイツや日本の経済モデル、国が経済を管理し、国民が真面目に営々と緻密に働くことで形成されてきた世界へのアングロサクソンの痛烈な巻き返し、ほとんど自ら努力をせずに濡れ手に粟の商売、ごく少数のものが巨万の金を得るというビジネス、金の回転率がすべてだという感覚、アングロサクソン流の攻勢に為す術もなく、全面的な敗北を味わうこととなった。
 これは形を変えた帝国主義でした。我が国は軽微な傷で終わりましたが、韓国などは世上では、いち早く不況から抜け出て、大いなる成功を収めたとしていますが、実態を見れば外資に踊らされ、国民は疲弊に苦しむ現状を見て取ることができます。韓国のように小さい国では、それ以外の選択肢はなかったと言うことかもしれませんが、国民を守るべき政治家も官僚も機能しなかったと言うべきでしょう。

 しかし、このリーマンショックによって、アングロサクソン流も、何と言うこともない我が国と同じ不動産バブルに踊っただけであることが明らかになった時
、さて21世紀はどのように変容していくのかでありましょう。

 誰が書いたのか分かりませんが、2チャンネルに投稿された文章(2012.5.22)を引用します。
『バブル崩壊後の不景気の終わりの見えなかった頃、格付け会社が日本の国債の評価をどんどん下げていった事があります。国債の評価はその国の信用度の評価指標でもありますので、日本企業の格付けもそれに伴い、下がっていきました。
 通常の国では、格付けが下がり続けると狼狽売りにより、株価や国債価格が暴落します。そうして暴落した株式や国債を買い取れば、簡単にその国を経済的に支配できます。格付け会社が何を狙っていたかは、今後も明かされる事はないのですが、日本では格付けが下がっても、狼狽売りも起こらず、国債の暴落も起きませんでした。そして、格付け会社はこれでもかとばかり格付けを下げ続け、とうとう日本国債の格付けは、アフリカの誰も知らないような国家と同じ水準まで下がりました。それでも株式も国債も暴落しませんでした。
 最初は、「日本がいつまでも不景気から脱出しないから、格付けが下がり続けるのだ」との主張に耳を傾ける人もいましたが、何時までも下がり続ける格付けを見ているうちに「実は格付け会社の格付けって、とても恣意的なものでないの?」との疑惑が広がりました。一度浮かんだ疑惑は正当な理由を示す事ができない限り、消える事はありません。そして、格付け会社はその説明ができないまま、日本の格付けをまた上げ始めました。
 このようにして格付け会社は日本では信頼を失いました。今では、格付け会社の格付け変更はベタ記事程度の扱い以下でしか扱われていません。
以上、格付け会社に関する日本でのちょっとしたエピソードでした。』