金ピカの時代~水中の夢幻:
スキューバダイビング
/シンクロナイズスイミング/水族館


 スキューバダイビングのブームに大きな力を押したのは、88年に公開されたリック・ベッソン監督のグラン・ブルーという幼馴染の二人が素潜りの最深記録を競う話です。大きな役割を演じるのは、イルカとの交流です。イルカの発する神秘的な鳴き声は、美しい海と共に、この映画の主役であるといってよいでしょう。

映画 Le Grand Bleu/The Big Blue リック・ベッソン監督 1988年公開


 この映画は、実在の天才ダイバー、ジャック・マイヨールの協力を得て映画化されたので、ジャック・マイヨールへの関心が一層強まります。NHKなどでも彼のドキュメントが何回も放映されました。それだけスキューバダイビングへの関心が強まっていったのでしょう。
 ジャック・マイヨールJacques Mayol



 そして、バブル時代を象徴するマリンスポーツに、ヨットと共にスキューバダイビングがあげられるようになります。
89年に原田知世と織田裕二(デビュー作のようです)が主演し、サザンが主題歌を歌った「彼女が水着に着がえたら」という映画は、青春映画というより、マリンスポーツに大きなインパクトを与えとされています。

                          

 ただ、私はこちらの映画は見ておりませんので、何とも言い難いのですが、素人でも、泳ぎができなくても(これは極端な喩えでしょうが)スキューバダイビングができる、海に泳ぐ美しい魚を満喫できるという事で爆発的な人気を集めていきます。美しい海や魚を求めて国内では沖縄、海外ではハワイ諸島や東南アジアに向かっていくのです。
   

 水に関連して、この時代に日本中を沸かせたものにシンクロナイズドスイミング Synchronized Swimming があります。詳しくは分からないのと、大部分、忘れてしまっているのですが、元好三和子・木村さえ子組から始まり、小谷実可子という天才の出現が、日本のシンクロナイズドスイミングの水準を世界レベルまで引き上げたことが大きかったのでしょう。当時、彼女に並ぶような選手が次々と出現し、奥野史子、立花美哉、武田美保らへ連綿と続く日本シンクロ、メダルの歴史が始まります。日本の水泳陣が世界で伍していけるのはシンクロナイズドスイミングだけという感すらあり、やがて北島康介を始めとした男子の活躍も輝くようになります。
小谷実可子立花・武田組
鈴木・原田組
北京オリンピック
 この方は最近の期待の星のようです。



水族館
 テーマパークの流行が、バタバタとやってきて、新設のほとんど全部が廃業というか経営がおかしくなって倒産のラッシュが起きてくるのですが、それに代わる様に水族館がブームになりました。水族館はテーマパークのように全国各地に大量にできることはありませんでしたが、アトラクションを次々と飽きずに提供するプレッシャーに比べれば水族館は比較的運営しやすかったこともあったのかもしれません。バブル終末期から崩壊期の遊園地の中心になりました。
 水族館の建設は大量の水に耐えられる巨大なガラス水槽の製造技術及び大量の魚、群れを成して泳ぐアジやサバなどを生きて回遊させるための技術など、が開発されたことが大きかった。都心近くの有名な水族館を並べておきますが、解説は最小限にしておきます。

黒田硫黄「セクシー・ボイス アンド ロボ」


しながわ水族館 公式サイト
 品川プリンスホテルのエンターテインメントとしてオープンしたこの水族館は1991年に開場した水族館で下のトンネル型のドームが話題になりました。
全国水族館ガイド
 上の画像は公式サイトの画像ではなく、普通の方の画像のようですが・・・。
児玉房子「千年後には」


横浜・八景島シーパラダイス 公式サイト
 1993年開園。延床面積 18,000m²、総水量 12,000t (野外水槽を含む)。


葛西臨海水族園
 1989年開園。総水量3160t。ドーナッツ型の大型水槽を回遊するマグロ類をはじめ、47の水槽に約650種の生物が飼育されている。


大阪海遊館
 1990年開館。総水量11,000t。本州で唯一ジンベエザメを観ることができる「太平洋」水槽は、最大長34m、深さ9m、水量5,400m³。観客と大水槽を隔てるアクリルパネルは高さ5.9m、幅5.0m、厚さ30cm。