金ピカの時代〜バンド天国〜


森田一朗「東京ストリート」89年10月、92年2月 原宿サンダー通りホコ天

ホコ天から始まったバンド・ブームは、89年にTBSの深夜番組「三宅裕司のいかすバンド天国」で火がつきます。90年末に終了するわずか2ヵ年ですが爆発的な人気を博します。89年の流行語大賞にも選ばれます。

メジャー・デビュー、テレビ出演の夢もあったでしょうが、それ以上に勝ち抜き戦の熱狂が支えていたと思います。辛口のコメントと三宅さんのトークが誘導し、大ブームを引き起こしていきます。実は私は深夜番組ということ、素人芸ということで一度も見ておりません。ですから、ここは基本的に噂とインターネット・ネタから、バブル時代に組み込んでいます。バブルを象徴するのは、高額な楽器が飛ぶように売れたこと、路上ライブが地方にまで広がり、その躁状態は世の気分そのものであったことです。


グランドイカ天キングに選ばれたFLYING KIDS、BEGIN、たま、マルコシアス・バンプ、LITTLE CREATURES、BLANKEY JET CITY、PANIC IN THE ZUの中で記憶にあるのは、「たま」のみです。このすっとんきょうないでたちと、ホンワカした歌に、いやあ面白いなと。このくらいしか話題がなくて済みません。まぁ、専門サイトで楽しんでください。



Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%81%99%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%E5%A4%A9%E5%9B%BD

イカ天キングダイジェスト 初代〜10代目宮尾

ブランキージェットシティBlankey Jet City 「悪いひとたち」



 思い出したので付け加えておきます。88年に我が国では初めての音楽専用FM「J-WAVE」が始まります。本放送開始告知のアナウンスは、ジョン・カビラが担当。DJなどのお喋りよりは、ノンストップで洋楽・ヒーリング系・ジャズなどの快適な音楽を24時間かけ続け、女性を中心に大人気を得ていきます。
ジョン・カビラDJのロバート・ハリス

 演歌や邦楽を排除した形で始まった中で、J-WAVEの選曲スタイルにあった邦楽、鳥賀陽弘道「Jポップとは何か」岩波新書によれば、「演歌やアイドルはダメ、サザン、松任谷由美、山下達郎、大瀧詠一はいい、アリス、チャゲ&アスカ、長淵剛はちがう」というふうに感覚的に決めていった」とされ、それらは「J-POP」と呼ばれるようになるのです。注目すべきことは70年代のような新しい音楽運動があったのではなく、単にメディアがジャンル分けをしただけで、バブル景気の巨大な煽りの中で、世界に伍する日本のポップスという“ファンタジー”であったことです。バイリンガル、帰国子女と並ぶ流行語の一つでしたが、J-POPは時代が変容しても、中身が演歌やフォークも含むようになっても変わらずに生き残っていきます。時代はレコードや音楽テープからCD(コンパクト・ディスク)に変容する、まさにそういう時代です。
 後にバブル崩壊の不況の中、時代の寵児として小室哲哉が出現してくる、そういう時代です。小室ファミリーの中の最大のヒットメーカーは安室奈美恵であったでしょう。アムラーという彼女のファッションを真似た女の子たちが出現します。

小室哲哉安室奈美恵