anan1988.11.18号

金ピカの時代〜バブルの男と女〜

ボディコンといえば、もはやコスプレしか生き残っていないようですが、バブルは女性を女王様にしてくれたのかもしれません。そして女子大生が最も価値が高い時代だった。今回も、ほぼ週刊誌ネタでいきます。

アクロス「80年代の墓碑銘」


 80年代に入る頃から合コンが六本木、新宿で盛んに行われるようになります。バブル期には、異業種交流会という名の合コンが活発化してきます。このことは職業柄、よく覚えています。 男女機会均等法から女性に総合職という就職スタイルがキャリア・ウーマンの名と同時に成立し、合コンに拍車をかけていくことになります。
二ノ宮知子「トレンドの女王ミホ」
 女性が複数の男と付き合うのが当然視され、「アッシー」「メッシー」「ミツグ」「本命」と使い分ける。アッシーとは電話1本で車付きですっとんで来てくれる便利な男であり、メッシーとは食事を奢ってくれる人も入るけれど、お勘定の時に、これまた電話で呼び出すと、自分は何も食べてないのに、嬉々として支払をしてくれる男だそうで、ミツグ君とはちょっと頼むだけで、ブランドものをどんどん買ってくれる男。よくもまあ、何が楽しいんだか・・・女王様にお仕えする奴隷のごとき様でした。

 クリスマス・イブは凄いことになっていて、5種の神器を男性は用意しなければならないと、車、花束、貴金属、高級レストラン、シティホテルの5つ。ホテルもウオーターフロン、デズニーランド周辺や赤プリなどのオシャレな場所でなければ、女性は怒って来ないというか、帰っちまう。貴金属はティファニーのオープンハートのペンダント。これは高級ブランド゙にしては手軽に買えるトレンド・アイテムで、デート三回目の贈り物。三越のティファニー売場(まだ、専門店は進出してきてない)は特売会場のように、人が群がったといいます。カルティエの三連リングは誕生日かクリスマスに本命の彼から贈られるものとして定番化したのです。

ティファニー オープンハート・ペンダント                          カルティエ 三連リング

 赤プリ(赤坂プリンスホテル)や、当時オープンした赤坂東急ホテル、横浜プリンスホテルのクリスマス予約は1年前から埋っているといわれ、特に横プリといわれた磯子の山の上にあって、海の眺めが素晴らしい横浜プリンスの人気は絶大なものがあった。 当然、高級レストランは予約で手一杯になっており、1週間前なんかでは、どうにもならない。1ヶ月前がギリギリセーフ。 クリスマスはご飯とホテル代で5万円、プレゼント5万円が最低ラインといわれ、20万、30万の金が平気で費消された。本田透氏の唱える「恋愛資本主義」が闊歩し始めた時なのです。      参考:悪夢の辞典「出会い」保管用

 このCMが象徴するプレゼントが当たり前の世界が出現したのです。

今はなき横浜プリンス・ホテル                                               
伊藤理佐「OLさまのつけどころ」

ベイエリア・ホテル






 クリスマスを成功させるためにも、日頃の雰囲気のあるデートも欠かせないものでした。デートスポットが雑誌類に色々、紹介されています。


デイト・スポット
シアンズB
二ノ宮知子「トレンドの女王ミホ」

大阪のデイト・スポット



 堂々たる豪勢な結婚式が主流になります。この頃から一流ホテルでの結婚式が普通になっていきます。ご祝儀も5万、7万と跳ね上がっていきます。


ホテル川久のHPより                                             伊藤理佐「OLさまのつけどころ」

 そんな立派な結婚式を挙げても、成田離婚が大流行。新婚旅行から帰った、その場で離婚と、100%女性からの三行半でした。男には残酷な日々でありました。
 この頃、DINKSという言葉がアメリカから持ち込まれました。Double Incom No Kids夫婦2人で稼いで子供もなしで、独身時代以上のゴージャスで自由な生活を楽しもうということなんですが、まぁ、この時代らしい目先の快楽一辺倒がよく顕われています。