金ピカの時代〜強き女〜


 男女交際マーケットはブランド化が強まり、男は商社、銀行、医者、女はスッチー、タレント(まだ、女子アナは登場しない)がもてはやされ、ワンランク上の恋愛何ていう言葉すら登場。より良い相手をゲットすべく合コンに出撃していく姿が多くみられるようになります。主役は何と言っても女性。 ヤンエグ(ヤング・エグゼブティブ)やら、セレブなんていう訳の分からん造語が溢れ出すのも、この時期です。スキャンダルに巻き込まれながらもセレブの女王にのし上がった吉川(君島)十和子は代表格ともいえる存在かもしれません。
        君島十和子(アイドル時代)

 バブル時代は、次第に強まっていく女の力を象徴するようにキャリア・ウーマンの大量出現が労働力不足などを背景に起きてきます。90年の流行語大賞になる中尊寺ゆつこが発見するオヤジギャル。その前年の89年には、堀田かつひこによるオバタリアンが同じく大賞に輝く。
  
 野放図に欲望、素面をそのまま社会に曝していく姿は、女性が一段高く上がったことを意味し、すべての元気が女性から発散されるのは、決して不況から始まったことではない事が分かります。

 ここまで強烈でない女性にHanakoが88年に創刊されます。皆がブランドものを買い、グルメを楽しみ、エステに通い、海外旅行に行く、そういう時代を象徴する情報誌が誕生したのです。爆発的なティラミス・ブームを作ったのはHanakoと言われています。イタ飯ブームの最後の後押しであった。

東京人 97年5月号「Tokyo1986-1997」
 女子アナの話が新潮45、2007年5月号にバブルへGO!!13のトレンディ怪事件簿に掲載されていましたので、この時代のことをよく憶えていないのかなぁ・・と、感じます。当時も当然のように女子アナがいました。例えばNHKの宮崎緑が当時は最も有名でした。他にも久米宏のニュースステーションでの小宮悦子、フジの田丸美寿々などがいます。
 彼女らと、その後にちやほやされ、タレント化する女子アナとの違いは、何よりも結構、年をとっていること、才女であることを周囲に振りまいていたことです。ですから、90年代後半の、ただただかわいらしく、美人である女子アナと接し方が違う。IT成金に口説かれる、あるいはパンチラ写真で追い回される女の子と違っています。ですからバブル時代の成金と付き合うとかそういうこととは無縁であったと思います。彼女達はある意味では、極端に持ち上げられたが故に、普通には結婚できなくなり、プロ野球選手とか相撲の貴乃花とか、あるいは議員に転進していく小池百合子とか、そういう方向に引きずられ、それを見ていた若い娘達が女子アナに殺到するという構図です。ですのでバブルの頃は新人のアナはともかく人気のあった女子アナがバブルに巻き込まれた例は少ないし、スキャンダルもありません。


宮崎緑                  小宮山悦子                          田丸美寿々

 これも新潮45の特集にあった題材ですが、現在はバブル青田という称号を頂いている青田典子です。青田典子はCCガールズというお色気たっぷりのアイドルグループの一人でした。彼女のデビューは90年ですから芸能界的な関係でバブルとの関連は低いもので、彼女がバブルを体現する、バブル流行の真っ只中にいたことはありません。むしろバブル最盛期は、芸能人というより、素人ながら美人でスタイルが良かったことから、田舎から出てきたプータロー的な貧しさの中で経験したバブルという意味であり、世の中的にまったく知られていません。CCガールズ時代にもバブルの頃の話はしておりません。
 それが2004年から始まったロンドンブーツのバラエティ番組で「バブルと寝た女」路線で話をし注目されるようになり、彼女とバブルの関係が明らかにされたという流れです。マハラジャなどのディスコに通い、お立ち台に上がって踊り、目立つことで芸能人や金持ちなどといったバブルにまみれた男たちとの交流を彼女は語っています。食事の席でアタッシュケースから1千万円積まれ、今夜どう?と口説かれた話が、ハイライトです。時給600円のアルバイト、風呂なし六畳一間に暮らしながら、極限の豪華さがその一方には併存するというバブル時代を象徴する話です。

青田典子

美男子への指向、男を買う気分
 この大きな流れが、今日の美男子への強い指向、年下の男の子をペット化する流れが生まれてくる。 かつて男の象徴だった胸毛、体毛の否定、しょうゆ顔人気、男の子が装身具を身につけるのが当然とする時代、今があるのです。

オーディションやメンズ・ノンノのイベントに集まった男の子達    アクロス80年代の墓碑銘から

 はとバスの観光コースにもなった六本木にあった6人の外人ダンサー達が踊る男性ストリップがありましたJ MEN'S TOKYO)。とうとうここまで来たかと言う感じでしたが、欧米の女性には、こういうのは凄い面白がるのですが、日本ではどうだったんでしょうか。

J-BOYS/ male strip
 と思っていたら写楽に紹介ページがありました。専らパイ投げだったようですが・・・。場所は六本木バナナパワー。若い娘どもが多いですなぁ。写真の時期はバブル以前の80年代ですから、上とは雰囲気が違う。まぁ、それにしてもですな。

写楽82.8

 それまで婦人雑誌の片隅で秘かに、そして赤裸々に語られていたことが、ファッション誌に堂々と表紙にもなってセックスをあからさまに言う時代の出現します。このananの特集号は大ヒットし、その後も何回も特集されていくことになります。セックスが巧いことがモテの条件になって、逆に男の子を脅かすことにもやがてなっていくことになります。


セクシャルハラスメント Sexual harassment
 強い女はバブル崩壊以降も衰えることはありません。アメリカでは70年代に会社などでの性的嫌がらせに対して厳しい態度で臨む形が醸成されていきますが、日本では高度成長が男の立場を強くしていましたので、レディ・ファーストの国だからという感じで、日本で問題になるとも思っておりませんでした。会社では中高年のオッサンが若い女の子の尻を触るなんてのは、コミュニケーションの一つだと思われていましたし、宴会ではホステス代わりも当然でしたし、コピーやらお茶を入れるのやら、朝早く来て掃除をするのは当たり前でしたが、バブルが崩壊して以降、これらの行為がセクハラとみなされ、コピーやお茶を入れるのを強制できなくなります。それまでは、嫌よ嫌よも好きな内、なんぞとうそぶいていた中高年の受難の時代が始まります。若者でも女性と巧く話せないという悩みを抱える男達が量産されるようになります。


 ある種のセクハラへの反動かもしれませんが、グラビアやテレビでは性的なものが強調されていきます。
(巨乳アイドルの誕生)
 野田義治氏の始めたイエローキャブというプロダクションから巨乳アイドルという新しいアイドルが誕生します。野田氏のWikiから『「空手バカ一代」をもじり、巨乳バカ一代を自称する。古くは堀江しのぶに始まり、かとうれいこ、山田まりや、細川ふみえ、雛形あきこ、小池栄子、佐藤江梨子、MEGUMIらといった数々の人気巨乳タレント(グラビアアイドル)を売り出し、1990年前後から起きた「巨乳ブーム」のきっかけを作った』。まぁ、これだけのことではあるのですが、美少女から、やや豊満なおっぱいの大きい女性への価値観の変容が起きてきたのです。

 一時的には大変な人気を得ますが、芸能界での寿命は短い場合がほとんどでした。まぁ、それでも野田氏の育てたタレントは、まだ、長い方でした。顔や身体の美しさだけでは、難しいのは当たり前のことでしょう。
 漫画の世界でも巨乳が登場します。名峰礼司「快晴高校女子応援団ちあ!」はその代表だと思うのですし、その馬鹿っぷりは実に面白いのですが、意外に知られていないような・・・。


ヘアヌード
 今となっては下の毛が見えないというか黒い四角が貼ってある方が変にエロチックですが、昔は毛が一本出ていただけでも大騒ぎ、しかも大抵は毛でないのですが、80年代から始まった性革命がようやく日本でも波及したのか、あるいはこんなものを見せても風紀が乱れる訳がないと分かったのか、よく分かりませんが、下の毛が黒々と見える写真が堂々と売られるようになります。その先鞭が篠山紀信であることも、芸術なら認めてやる、ということだったのでしょうか。どちらにしろ90年頃のことです。

 以降、爆発的に女の子のヌード写真集が発売されていきました。特に有名女優やアイドルは数十万部のセールスがあり、彼女たちにも数千万円の収入をもたらしました。写真家や出版人の中には「脱がし屋」と称して彼女たちにヘアヌード撮影の許可を得る猛者もいました。毛の商人とも言われた高須基仁氏が有名です。

島田陽子               杉本彩
            大竹しのぶ              小柳ルミ子

 絵になる女のコレクションに掲載されているヌードになった女優タレントの数は400人弱。ヌードが当たり前のようになり食傷するにはバブルも終り、2000年近くになってからでしょうか。コレクションしているオッサンやら、この手のみを扱う古書店も、凄まじい量にお手上げでした。