闇の勢力


 
 バブルの戦犯は中曽根首相ですが、竹下首相もまた、バブルの戦犯というか、本人はまるで無意識でしょうが、バブルによって導引されてくる闇の紳士達を表の金融の世界に参入させた元凶でしょう。
 竹下首相が誕生するのは87年ですが、後で明らかになる、右翼(皇民党)からのホメ殺しに直面して、ヤクザ(稲川会石井進会長)と手打ちするにまで、一国の首相が追い込まれる事態になるのです(皇民党事件)。手打ちの結果として、病気療養中の田中角栄を訪れ、門前払いをくらう形で収拾されるのです(東京佐川急便事件へ発展)。

 バブルに突っ込んでいく直前の86年、闇の世界の貯金箱といわれた平和相互銀行を、都心部に展開する支店網に眼をつけた住友銀行が、オーナーでワンマン経営を行っていた小宮山一族の内紛と乱脈経営に乗じて吸収するのですが、その過程で、1983年、監査役だった井坂重昭氏らは資金繰りに苦しむ中、鹿児島県種子島の西方16Kmにある馬毛島を高値で政府に転売しようと目論み、防衛庁のレーダー基地建設構想を実現させるべく大物右翼に政界工作を依頼、総額20億円を提供する。


伊坂茂昭氏:Friday85.12

 その工作の見返りであったのかは不明ですが、金屏風事件保存)と呼ばれる裏金にまつわる、極めて胡散臭い話が竹下の周辺から持ち上がって、その責任を負って竹下の秘書青木伊平が89年に自殺する。裏金は20人近い自民党議員に流れたとされますが、結局、馬毛島にレーダー基地が建設されることはなく、平和相銀は政界の食い物になっただけで、住友銀行に吸収され、住友銀行は手薄だった東京圏のマーケットを手に入れ収益ナンバーワン銀行を謳歌しました。
金屏風「時代行列」
 この問題では住友銀行の別働隊といわれるイトマンが裏工作や平和相銀の株取得の融資に係っています。イトマン、住友銀行、そして竹下の影はバブル崩壊の中で起きたイトマン事件の中で透けてくることになります。
 時の最高権力者の金丸信も、京都河原町二条の土地取引を巡って登場するなど、バブル景気は我が国の地下水脈、地下にうごめく闇の勢力・紳士に活躍の場を与えることになります。 暴力団と一流銀行を結び付け、ヤクザ・リセッションともいわれるバブル崩壊、失われた十年に繋がっていく。そこに吹き出てくる異形なる者達は、70年前後の異形とはまったく別種であり、その衝撃度は並外れたものです。
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2チャンにバブルとその崩壊の簡潔指標がありましたので引用します。

 金融相場。住友銀行の株価のピークは1987年
 業績相場。地価の上昇、株価の上昇等で、金余りになり全銘柄が上がる
 日経平均のピークは1989年
 地価の上昇は、業績相場が終わってからしばらく続く。
 地価のピークは1991年

 金融部門が最初にバブル崩壊を告げる。
 その後、いわゆる一般経済指標の低下が続く。
 地価の下落がその後に続く。
 バブル崩壊による実体経済の減速を止めようと、予算措置をする。
 一般会計の建設関連予算のピークは1996年
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だそうです。チェックはしていませんが、こんな感じです。