バブルの時代は、第二次日米戦争の様相が濃くあり、日本の先進技術を背景とした巨大な輸出力にアメリカ産業は打ち倒され、巨額な金が日本の内外に溢れていったことと、バブル崩壊以降は強烈な円高により、マネー敗戦と呼ばれるような散々な負け戦と、目には見えないほぼ無条件降伏に至る流れです。
 この間の事情は残念ながら垣間見えるだけで、全体像が明らかにされることはないでしょう。

 一つのポイントは橋本首相にあります。橋本首相とは何であったかも明らかになることはないでしょう。小泉首相が推し進めたバブル崩壊から立ち上がるための数多くの方策の根元は橋本首相がやろうとしたこと、つまり新自由主義的な規制緩和、それによる活性化があり、そのための前段階として、首相権限の強化、大統領型統治の実行、省庁再編などを橋本首相が行い、その後の郵政の民営化なり、経済成長戦略なりの実行を促したのが小泉首相という役割分担であった可能性が高くあります。

 それでも世間的には、就任した時期の違いもあって、連続的な政策とは思われていないこと、橋本首相は日本経済を壊した人、小泉首相は再建をした人という位置づけになっているのですが、実は政策的な違いはほとんど無かったように次第に識者の中での認識は広がっているようです。この謎の一つが橋本首相の最後に行った金融ビックバンです。明らかな失政でしたが、それを咎める論者は誰もいません。

金融ビックバン

 通貨を巡った円高金融を巡る変動の中で今日につながる代表的な出来事は、ヨーロッパの復興とソ連がアメリカによる金融制裁を逃れるために、アメリカ政府の管理下にない巨大なマネー、当時はユーロダラー、今日ではユーロ・カレンシーといういい方が一般的なようですが、個々の企業が輸出で得たドルを自国通貨に交換せずに、ドルのまま運用していく、投資を行うと形で、過剰なドルが世界中に溢れていき、巨大な金融の塊、渦が形成されていきました。それをより一層、促進させたのは1971年のニクソン・ショックと呼ばれた金とドルの交換の停止と変動相場制への移行です。

 ユーロダラーの取引を活発に行ったのがロンドン、シティーです。当時、イギリスは製造業の凋落により、大英帝国は過去のものとなっていました。このためにユーロダラーを中心とした金融取引に活路を見出そうと、大胆な規制緩和に乗り出します。サッチャー元英首相は1986年10月、英国証券市場の大改革「ビッグバン」を実行し、地盤沈下しつつあったロンドン市場を「世界の一大金融センター」として復活させることに成功します。

 その中身は証券などの金融取引の自由化です。この自由化に飛びついたのがイギリス金融機関ではなく、アメリカなど海外の大手金融機関であったのは皮肉なことでしたが、ウィンブルドン化現象(自国の市場を外資が独占してしまうといった現象)による英国証券会社の整理統合と言う痛みが伴ったものの、結果として英国市場が国際金融市場として復活することになった。

 この成功が橋本首相の金融制度改革の発想の原点であり、規制緩和による東京市場の巨大化をより促進しようとします。注意すべきことはイギリスは衰退を防止しようという意図であったのに対して、日本はバブル景気の余韻に充分に漬かった中で、既に当時、ニューヨークに匹敵するほどの市場に成り上がっていた中で、いわば世界一の金融マーケットになることを意図していたことです。
 注意すべきことは、ロンドン市場での規制緩和は80年代から始まっており、最終的にまとまった形になったのが86年だということです。何が言いたいかというと、我が国のバブル景気が始まるのも86年だからです。ここらの時間感覚が絶妙です。

 これまでの金融制度改革としては92年6月に成立した「金融・証券制度改革法」があり、この改革法はこれまで禁じてきた他業務への参入を解禁し、子会社方式による他業務への参入を認めるもので業務の垣根を第一歩とし、96年10月経済審議会の金融作業部会が97年度中に銀行、証券、保険の垣根を実質的になくし、99年度までに商社などを含め、あらゆる業態が金融サービスを提供できるように制度改正を行うことを提言し、橋本首相は11月に6大改革の柱の1つとして「日本版ビックバン」構想を発表した。この構想は金融を取り巻く規制を一気に取り除き、2001年までに東京をニューヨークやロンドン並みの国際金融市場として建設することを目標としたことです。

 日本版ビックバンの第一弾は、98年4月に施行した改正外為法による為替取引の自由化である。これは銀行の専業であった外国為替業務の規制を撤廃し、誰でも自由に外為取引ができるようにしたものである。そして、第二段が98年12月に施行した金融システム改革法である。これは証券業務の規制を解禁し、取引の自由度を高めたものである。

別冊宝島「大蔵官僚の病気」から

 金融ビックバンと呼ばれるものは、素人の私からすると、宇宙創造=ビックバンと呼ばれるほどのことなのか、全然、分からないのですが、金融商品がほとんど規制を受けることなく販売され、富裕者層に、やがて全社会的な広がりをもたらすような形になって行くのも、マネーという異様な存在、訳分からぬものの特質にあるのでしょう。
 その源泉となるマネーが誰のコントロールも利かない、実物経済と離れ、その何十倍もの大きさに膨れ上がった怪物だったことです。この怪物は年を追うごとに巨大化して行くものであり、新自由主義の根幹を成していることです。

 昔、R・クー氏がホットポテトという例えを出しまして、リスクのある商品、通貨や債権は、持っていられないほど熱いポテトなために、次々とディーラーの間で高スピードで回して最後の「婆」を掴まないようにする話をしていましたが、マネーだけが猛烈な速度で回る金融の世界が80年代に登場し、それが猛威を振るう時代がやってきたことです。
 注意すべきことは、見かけは、ともかくもの凄い金、何十億、何百億でありながら、何らの付加価値を生まない。胴元であるマーケットには手数料収入があるけれど、それ以上はない。世界は次第に、金に狂い始めて行ったのかもしれません。金融資本主義は誰かが主導したのでも、深い考えや陰謀があったのでもないのでしょう。壮大なバブルが現在も続いているのです。

 そして何よりも、97年の年末に金融メルトダウンとも呼ぶべき大事件が勃発するのも、金融を国際市場の評価に晒したことに最大のポイントがあり、凄まじい失敗を引き起こした要因になっていたのではないかと思います。橋本首相は無能な働き者であったのではないかと私は考えます。

 金融ビックバンによって世界の金融センターになるという夢は、バブル崩壊、長引く不況の中で、有力外資系企業の撤退により、うたかたも無く消え、東京株式市場は
ローカル・マーケットに転落していきました。