3.将来の流通像

3)卸売業者の形

 まず、現在の卸の形からみてみますと、大手の荷受、仲卸でもスーパーに対しては地域卸でしかないということです。食品スーパーの中堅程度に対しても、全店供給を任されている卸は存在していない、これはスーパー側の政策も一部、絡んではいますが、それでもこれだけ数あるスーパーのどこにもないというのは、驚くべきことです。
 この状況は三十年くらい変わっていないのではないかと思います。それだけ力のある卸がいない、スーパーが要求するサービス水準を提供できないという課題があり、卸はスーパーから顧客情報を手に入れて独自に品揃え提案する形、卸がスーパーの売り場のシェアを握って勝負をかけるというには、ほど遠い現実です。

 これを打破できる力がないことから、下請けに埋没し、スーパーから何時、切られるかという恐怖の中で生きるというのでは、卸売業が面白くなる訳がありません。私自身は、この状況を打破できる卸が出現してくるのではないかと期待しています。何度も言うようですが、今の日本のスーパーの経営はおかしなことだらけで、消費者にとって少しもハッピーでないからです。何よりスーパーは努力しないのが私には腹立たしい限りです。
 この現況の中で未来図を書くのは、机上の空論の謗りを逃れがたいのではありますが、それでも大掴みの感度を申し上げたいと思います。

(全国卸と地域卸)

 青果では全国流通する商品と地域流通商品に分かれてくるとしましたが、それを扱う形で全国卸と地域卸に分かれてくるのではないかと考えます。全国流通商品が輸入品ならば商社が全体を動かす可能性が強くあります。青果では全農あたりが最有力候補ですが、全農が産地を確実に押さえられるかは微妙です。北海道産はホクレンが強いですし。

 地域流通商品は、地域の卸の役割が農協を押しのけて強くなっていく可能性を秘めています。産地に近い卸は、今後、益々、産地に入っていき、商品開発から生産支援を強めていくと思われるからです。国や県の農業補助政策がどのような形で動くにも関係します。水産においても、今、以上に産地市場卸の力が強まっていくと思われます。

 消費地の地域卸は、加工サービスを強化する、つまり極端な言い方をすると製造卸の要素が強まります。独自の商品によってマーケットの開拓に乗り出すことになります。単にスーパーの要望で、三枚卸をする、パックをするのではなく、自社あるいは産地のブランドをつけて販売する形態です。このことで利益確保を図る形です。生鮮品という枠から出て行く形で、新たな統合と新たな卸売業の発生を予感させるものがあります。

(ベンダー)

 ベンダーという事業が、どこまで整理されているか分かりませんが、我が国においてベンダーという事業が確立したのがコンビニであったことは確かです。先行する事業体もありましたが、セブンイレブンがモデルを作りました。
 ベンダーというのは卸売業の中の業務部門が担当している、受発注などの情報、配送などの物流に特化し専門化した事業体で、多くが卸またはメーカー資本で建設運営されます。コンビニに商品を納入する多数の卸、メーカーはベンダーの拠点に商品を納入し、センター利用料などの使用料を払い、ベンダーは品揃え、仕分してコンビニの店舗に配送を行うものです。納入する業者にとってみれば、ベンダーの拠点まで商品を納入すればよく、小型で大量にある店舗への輸送や誤納品、渋滞などによる店着の遅れなどの負担がない。店からすれば、トラックが集中することでのトラブルや、検品立会いの負担が小さい、全品目で同一の物流サービスが受けられる点でメリットが大きい。

セブンイレブンは各地のベンダーに同一の仕分システムを導入し、生産性等のデータ類の報告を求め、低い生産性の拠点に対しては指導も行います。直営と同じか、それ以上の管理体制を構築しています。資本を出す卸やメーカーのメリットは、顧客であるセブンイレブンとの関係が強固になって、切られる不安がなくなること、当該地域の当該品目類の発注データが入手でき、競合する企業のデータが入手できること、拠点の運営のノウハウが手に入ることなどがあり、かつて率先してベンダーを引き受ける企業が多くいるという話でしたが、現在は、コンビニ関係での拠点整備は一段落しています。

スーパー関係は、コンビニと異なって、それほど整理された状況にはありません。このためベンダーも充分に機能発揮している例も多くありません。なによりスーパーの自前のセンターとの関係も明瞭ではありません。これが今後、どのように展開していくは、スーパーの経営にも大きな影響を与えることになります。欧米のようになっていく可能性は低く、卸にとって、ある種のチャンスです。

セブンイレブンのようなベンダー管理体制の構築はスーパーには不可能です。現時点では、スーパーはコスト削減や競合に対抗していくため、身を削るほどの経営努力を行ってはいません。その意味では、参入が容易であると共に、スーパー側の評価がコストではない部分に目がいくことになります。ここらがひどく微妙で、卸はベンダーとして力を付けていく方向があること、ビジネスの可能性として運送業者と組む方法があるということを考慮しておいて欲しいと思います。

(業務用卸)

 アメリカには業務用卸を専業とする巨大な卸が存在します。内容も歴史も、紹介した文書はありません。ただ、あれだけフードサービスのチェーンが発達した国ですから、チェーンを支える卸がいて不思議はありません。
 日本のフードサービス、外食チェーンでは、大手の卸が食材の供給を一手に引き受けているのは、比較的規模の小さいチェーンで、全国チェーンではありません。特に、近年、外食チェーンのM&Aが盛んに行われていますが、その動きに卸がどうこうという話もありませんから、外食チェーンにおける業務用卸の影響力は小さいものであるでしょう。
 外食チェーンでは卸よりも商社の影響が強い企業があります。天やは丸紅の東南アジアにおける海老、ブラックタイガーの消費拡大を狙ったものといわれます。日本マクドナルドは藤田商会の輸入ビジネスに、ケンタッキーフライドチキンは三菱商事ですし、商社は昭和40年代から50年代の外食チェーンの発展期に大きな役割を果たしましたが、今は外食チェーンが停滞期に入ったこともあり、商社の影響は小さいものになっています。

 業務用卸は、中小の飲食店を主体に、きめ細かなサービスを特徴とし、小売業のような量と価格で決まる要素が低いものです。人的な、つまり営業が個々の飲食店の特質を踏まえて提案し、納入をしていく形態です。

 今後の外食、フードサービスは大量生産大量販売というチェーン型は、今以上に難しいものとなっていくと思われます。惣菜にしても、個性化と美味しさを競う形に変わってきていますから、個々のシェフの技量が試される展開になると思われます。飲食店における業種業態の転換は益々、激しく、優勝劣敗で、店の入れ替えは激しいもので、厨房機器のリサイクル業が成立するように、店舗の寿命は短く、短期間の勝敗で入替わる形です。
 その際、食材供給業たる卸は、どのような形であるのか。アメリカのように巨大卸は困難でしょう。中小の卸が生き残る分野です。高級店を相手とするシェフから尊敬される卸は、今後も生き残れる可能性が高い。それ以下の飲食店、こちらの方が量的には圧倒的ですが、それなりの品質の品揃えとサービスによって生き残る、つまり現在と大きく変わらない業界であるでしょう。

 生鮮の中小仲卸は、業務用という地盤をいかに固められるかに懸かっているとも言えます。より高い便宜性を飲食店に提供することが求められている、生鮮の様々な品目の扱いも必要になってくるかもしれません。また、エスニック系も一部では取組まなければならないかもしれません。シェフを育成することも、あるいはコンテストや見本市も、取組まなければならないでしょう。

 従来型の営業が生き残れる可能性が一番あり、それでも変容を余儀なくされるものですが、中小卸にとって比較的対応が可能な世界であるでしょう。

(小売支援サービス卸)

 小売支援=リテイル・サポート・システム(RSS)を主たる機能とした卸売業は、アメリカでは多様に発展し、大手の卸は売上のほとんどをRSSによって得ているとしていますが、日本では業として形成できた話は、寡聞にして知りません。その意味ではここに取り上げる理由は、あまりないのですが、将来像という話には大抵出てくるので、ここでも少し話題にしたいと思います。

 コンビニのように高度にフォーマットができている業態を除くと、我が国のスーパー、あるいはディスカウント・ストアは、店舗の形態や規模の標準、売り場の標準、棚の標準はないに等しい状況です。このため標準的なサービスが組み立てられず、ある業態や企業全体に網をかけるような提案が困難である、まとまった量のサービスが形成できず、コストダウンができない。
 また、卸は小売の経験がないために、問題の把握が充分でなく、提案が上滑りしたもの、具体性に欠けたものになることがしばしばです。何より営業が、こういう提案に慣れていないというか、訓練の土台がない。
 アメリカからRSSを導入した卸も、そのほとんどがコンピュータを使ったもので、日本のスーパーのバイヤーに意欲を掻き立てるものではなかった。現業に近い棚卸の支援とか、陳列・棚在庫のチェックとか、開店セール支援とかは既に、卸のサービスに組み込まれていますから、独立したサービス業として生産性が劇的に向上することがない。
 コンビニでベンダーが形成されたように、分業化によるメリットがあれば大いに進むし、なければ動かない、理屈だけでは商売にならないということです。

 では、今後も可能性はないとか言えば、そうではありません。要は提案の中身次第で、特定の売り場全体を卸に管理させる、任せるという形も、売上が大きく向上すればスーパー側は喜んで卸に売り場を任せるでしょう。さしたる効果もないとなれば、進まないのは当然です。結局の処は、卸側にそれだけのノウハウがないことが問題で、ノウハウの獲得を如何に行うかがあり、そのことに熱意がある卸はほとんどないのが現実です。

〜直売場〜
 現在、生産者の直売場が話題になることが少なくありません。直売場は、専門小売商への影響が大きく、それに付随する形で卸の売上が下がるというものです。専門小売商の衰退を後押しする形になり、卸売業者として切歯扼腕する問題ですが、直売場を維持運営するには、生産者にも消費者にも負担があり、今後、どこまで伸びるかは疑問を感じるところです。直売場では商品開発はできませんから、直売場は流通の補助的な役割に留まるように思います。
 卸として専門小売店をどのように支援するかを、今、一度、考える必要があります。専門小売店の新規参入を促す方策を講じなければ、自然減の上に、直売場に客を奪われることで、衰退に拍車を駆けることになります。生産支援と同じで、駄目ならば乗り出すしかない。
 アメリカでは韓国人が青果商をしている例が多いという話ですから、これからは外国人が生鮮食料品の販売を手がけるようになるかもしれません。そこらも注意しておく話だろうと思います。


〜通販〜
 スーパー販売の不備を突く形で伸びているのが通販です。消費者の反応からすれば、産地卸は活躍できますが、消費地の卸では、なかなか難しいのが現況です。築地ブランドは、地方や海外で威力がありそうです。大消費地の卸は集荷力を使って特殊な需要に応える形になると思われます。
 このため流通の太宗になることはありませんが、一部の仲卸にはチャンスを提供するでしょう。

(生産支援卸)
 産地を抱える卸は、その特質を生かす形で、今以上に産地に入り込んでいくでしょう。産地を掘り起こし、自ら生産も手がける形であり、生産者グループとの関わりも深めていく。逆に大型生産者は周辺の生産者と協力してマーケットの開拓に乗り出す形です。

 農協が金融や保険を主体にしていく中で、卸が農協にとって代わる形で生産を支援し、販売面を請け負う形であり、高齢化等による生産力の弱体化は農協よりも卸の方が切実な問題であるが故に、生産の維持に大きな力になっていく可能性が強くあります。
 問題は水産の方でしょう。水産の生産力の衰退に関心を払う業者が少ない。江戸時代、戦前戦後もある時代までは、卸売業者は資源開発や商品開発に大きな努力を払い、技術開発にも大きな役割を果たしてきましたが、魚価の低迷もあるのでしょうが、今ひとつ、力が足りない感じがします。これだけスーパーにいいように牛耳られている現状は、産地での卸の努力がないのではないかと思うこともあります。

(総合卸、特定業種卸)

 仲卸はスーパー対応のためにある特定品目の専業から次第に総合化してきて、その隙を突く形で卸は、個々の営業が専業化を進め、高度化するスーパーの要求、周年供給などに対応するようになった経緯があります。この動きは大都市圏では青果が先導し、水産が追い駆け、地方圏では仲卸の品目専業は、なくなっている現状です。

 特定業種卸は、全国流通商品卸と地域流通商品卸の区分では、全国流通卸では大きな役割を果たすでしょう。一方、中小の消費地に近い卸では、その動向は外食に懸かっていると思われます。外食は他店との差別化が大きなテーマですから、高級食材を中心に特別な品質を求める傾向が強くあり、業種別の中小卸が生き残る可能性が濃くあります。その際に、どれだけの数が生き残れるかがあり、少数精鋭のみでしょう。少数精鋭の卸が建値市場における価格を決めますが、それが市場内に店を持つ必要性があるかどうかになると、必ずしもそうではない。というのも少数精鋭なるが故に、周囲は総合的な卸になっていますから、地方からの引き合い、海外からの引き合いも殺到する可能性があり、その力によって、産地の開発、商品開発にも手がけるようになると考えるからです。
 業種専門業の最大の敵は、消費者の舌の劣化です。美味しいものとそうでないものを判別する力の劣化です。調味料での誤魔かしが横行する現状です。

 総合化というのは、商品の個性よりも、経営システムから生まれるリスクを含めたサービスの水準や効率性、成長力に依存するところが大です。中小規模の卸は資本力の差異を気にしますが、資本は信用という意味では大きいですが、実際の取引の中では、それほど大きな意味を有しない場合が少なくありません。問題はバイヤーの評価が商品を見るのではなく、売れ行きのみであって、低価格のもののみ提供していれば良いのだという思考を持つ企業と付き合う危険性です。

 総合化か、専門化かは、時代の要求でもあり、一概にどちらが良いとは言えません。自らのポジションで決断することになります。