ペット

(ペット以前)
 自分でペットを飼ったのは小学生時代、半世紀近くの年月が経っていますので、昔の話から始めます。

 昔、人が飼っていたものは有用性がすべてでした。犬は番犬、鶏は食用、兎も食用に近かった。鳩は伝書鳩として働くことが求められました。猫も鼠を採ることが期待されていました。私が子供の頃、昭和30年代というのは、そういうものです。そういう中でお金持ちが飼っているペットは、それこそ大変、高価な、猫ならシャムネコ、犬ならシェパード、ブルドック、観賞用の鶏、チャボとか、それから錦鯉など。俺は金持ちなんだというステータスであったのです。田中角栄が一匹数百万円もする錦鯉を庭に放していたなんてこともありました。富の象徴だったのです。
 街中には野良犬や野良猫もウロウロしており、恐い思いもしないではありません。現に犬に噛まれたこともありました。夜、酔っ払いが犬をからかって、方々の家の犬の吼え声に送られて帰宅するとか、冬の寒い真夜中、野良犬の吼える声が、もの寂しげに響き、それに呼応して飼い犬たちも吼える、独特の風物詩がありました。月に吼えるなんていうのもありました。
 昔は犬殺しとか、猫殺しを商売とする人達がいて、野良を掴まえて、その皮を売るという商売がありました。肉は売れたかどうかは分かりません。子供の私達は犬殺しが来たと騒ぎ、怖い人のが来たという感じです。野生の犬とか猫なんて、そう簡単には捕まりませんが、細い針金のようなもので、パッと首に絡めて気絶させる、その一瞬の神技を、スゲエーっという感じで恐る恐る見ていました。猫も野生でしたから、鼠とか、小鳥とかを襲って食べる、あるいは台所にある生魚を取って行って喰われてしまうなんてことも、よくあったものです。

 それが生活が豊かになってくると、次第に観賞用として、あるいは楽しむために、変化していきます。多分、最初は、庶民の中で一番、ポピュラーになったのは金魚や小鳥ではなかったかと思います。熱帯魚は設備がいるので、お金持ちしかできませんでしたが、縁日で買ってきた金魚、愛敬のある出目金とか、そういうのを金魚鉢で飼うのが流行でした。メダカなんてのは、そこらの川にいくらでもいましたから、あまり飼う人は多くなかった。縁日といえばハムスターやヒヨコが売られていて、子供は親に買ってぇ・・と泣いていました。すぐ死んでしまうんですが・・。
 小鳥は一番、ポピュラーだったのが十姉妹で、カナリアも多かった。ちょっとしたお金持ちは九官鳥とか、オームとか。確か、その頃ではないかと思いますが、犬のスピッツが流行りました。大量の鳩を飼う人もいて、近所迷惑だから止めろなんていう話も耳にしました。昭和も40年代に入る頃には、熱帯魚が相当にポピュラーになってきて、熱帯魚の水槽がよく売られていて、エンゼルフィッシュなどが流行ります。
 多くの家で犬や猫を飼う場合も、ほとんど野良がいついたというか、子犬やら子猫を子供が拾ってきたので育てたという感じで昭和30年代は終わったでしょう。ですから高い金を出してペットを飼うという感覚はゼロでした。また、食い物も、小鳥や金魚はさすがに、それ用の餌になりましたが、犬や猫は人間さまの残り、残飯の整理係りでした。飼い犬でも首輪をするのは少し裕福な家でした。狂犬病の恐怖が随分あり、放し飼いに対する非難が強まり、行政の方から徹底的な指導で予防注射の接種やら、度重なる野犬狩りによって、記憶は曖昧ですが、東京オリンピックの昭和39年頃には野良犬は都内から消えます。全国的にも昭和50年代には消えているのではないかと思います。
 

十姉妹                         スピッツ                   シャムネコ

(ペットブーム)
 いったいペットという言葉が登場したのは何時だったのか。多分、ペットと言うに一番ふさわしい小鳥から始まった気がしますが、「ペット」=愛玩物という形が豊かさの中で、作られていったのでしょう。郊外にマイホームが建設され、乗用車が普及し始める頃に、大型犬のブームが起きていたように思います。主にイギリス辺りから狩猟用の大型犬が輸入されてきたのでしょう。最初は毛並みの美しいコリーだったように思います。次いでシベリアンハスキー、ゴールデンレトリバー、ラブラドールレトリバー、やがてドーベルマンなど、見るからに怖ろしげな大型犬を引き連れて肩をそびやかして歩く人も現われ、巨大な犬小屋を建てて、何匹も飼うような人もいました。こういうのは漫画や映画の影響が大きいもので、佐々木倫子の「動物のお医者さん」が、シベリアン・ハスキーのブームを起こしたと書いている人がいました。ちょっと私の感じと違う気がするんですが・・・。ドーベルマンは、この犬を使って泥棒をする映画があって、これはブームになったのではないかと思います。

コリー                                  ゴールデンレトリバー                   シベリアンハスキー

 その頃から、我が国がワシントン条約や条例を守らず、密輸の対象国となっていると海外から非難されているという報道が増え、政府が重い腰を上げて輸入規制が始まります。それでも初期の頃には、そういう珍獣を飼う人が多くいましたが、供給が細くなれば、ペットは死ぬものですから、次第に数を減らしていったと思います。

 一戸建てブームが終了する80年頃には、アパート、マンション住まいが増えてくると、大型犬から、チワワ、ダックスなど小型犬へ移行し、ペット御三家というような言葉もありました。見てやらないと吼えるテリアとか、拗ねるプードルとか、すぐに泣き出すチワワの座敷犬トリオやら、猫が大変なブームになって行きます。そう言えばマイケル・ジャクソンの家も動物園のようだったという話がありました。

 次第に「ペット」ではなく、家の中で飼う「コンパニオン(仲間)」に代わり、家族の一員と考える人が増えていきます。ペットは擬人化し、洋服で着飾ったり、寒いからと言って防寒具風のものを着けたりと。ペットを感染源とする病気も話題になりました。そういう人が増えすぎた関係から、ペットの臭いや鳴き声がうるさいという隣近所のクレーム「動物公害」キャンペーンにより、ペットを飼うことを禁止するアパートやマンションが増え始め、ペットブームの形は大きく変容していきます。

 80年代後半には珍獣ブーム(コアラやエリマキトカゲ)がはやり、そのあおりでアホロートルやピラニアなどが流行りました。バブルの頃は高価な品種(アメリカンショートヘアやレトリバー系、アジアアロワナ)なども。近年のエキゾチックペットブームに乗って、蛇や亀などの爬虫類や、フェレット、チンチラなどの小型哺乳類が移入されるようになりました。アニメの影響でジャンガリアンなどのハムスターが売れるようになります。

 犬同伴のカフェや、犬も泊まれるペンションなど家族同様に連れていくようになりました。ペットがいるので出かけられないという人の為にペットを預かるホテルなどもでき、亡くなったペットの葬儀や墓も作られるようになります。その一方で、ペットは高額になり、遺伝子操作までいっているかは分かりませんが、これまでに見たことも聞いたこともないような動物がブリーダーによって大量生産される、マーケティングがペットにおいても行われるようになったことです。


(ペット産業の成立)

 1975年頃からペット・フードの販売やらTVCMが流されるようになり、ペットビジネスが形成されていくことになります。平成20年の犬の飼育頭数は1,310万1千頭、猫の飼育頭数は1,089万頭。巨大なビジネスに育っていきます。国会図書館のペット産業についてをみると、『平成19年度のペット産業の市場規模は、「ペットビジネスハンドブック」(産経新聞メディックス)によれば、ペットフードが4,451億円、ペット用品が1,763億円、生体・関連サービス(病院・ペットホテル・トリマー等を含む)が6,267億円となっており、合計で1兆1,730億円に上ります。市場規模の前年比はペットフードが109.7%、ペット用品が103.7%、生態・関連サービスが105%となっています。平成19年度のペット・ペット用品小売業の商店数は5,257店、従業者数は27,263人。その他、平成17年度の動物診療施設の軒数は6,680軒、トリミング・グルーミング施設の数は8,046ヶ所、ペットホテルの数は4,857』とあります。
 ペットフードはスーパーの売り場のいくつかの棚を占有していますし、ペットの方が主人よりも良いものを食べているなんてのは、初めの頃は冗談でしたが、今や当たり前のようになってしまいました。結構、アレ、美味いんだよなどという人がいるくらいです。もう随分、昔にペットフード関連の卸さんの社長さんにお会いしたことがあり、草創期から巨大ビジネスの立ち上げた話を聞き、成功者と言うのはこういう人のことを言うのだと実感したことがあります。
 また、同級生の中に、あまり勉強はできないけれど、動物が好きという子がいまして、近くの獣医大に入って、巨大なペット・ブームに乗って、ペット医になって開業し、同級生の中で最も羽振りの良い人に成ったのには驚いてしまいました。世の中、そんなものと言えば、そういうものなのでしょうが・・・・・。
六本木の深夜まで開いているペットショップ

 ちょっと古いデータですが、ネット上にあったので、飼っている犬の頭数のグラフです。現在は1300万頭ですから、95年からの伸びが凄まじいことが分かります。80年代を象徴するものであると思っていたのですが、80年代は300万頭から400万頭に昇っていく時代だということが分かります。多分、大型犬の記憶が濃いからでしょう。最近は日本の柴犬ブームが大きいのかもしれません。

 ペット・フードは年を追うごとに高級化され、旦那さんが食べるよりもペットが食べる方が高級だとか、貧乏な学生はペット・フードで飢えを凌ぐとか、まぁ、いろいろな話が出てきました。ペットを飼い主の旅行中に預かるペット・ホテルとか、ペットのための葬儀、墓地とか、エスカレートする愛情は自分の親や子供以上になっていきます。
ペットの墓所:深大寺高橋郁男「東京時代」

ブリーダー
 このペットの供給を担っているのがブリーダーです。種犬から子供を生ませ、育てて売る仕事です。種犬は純血種ですから、海外からの輸入犬が大きな割合を占めているのでしょう。詳しくは知りません。1993年に発覚する 埼玉・愛犬家連続殺人事件 (関根元 風間博子)によって、こういう職業があるのだということを知った程度です。

事件の内容
 関根・風間はペットブームに目をつけて犬の繁殖場を建設するのですが、それで1億4000万円の借金を抱えたことから、不当価格で犬の販売を行い、実際は数十万円の犬を1000万円で売りつけた。後日、お客から代金の返済を求られると、呼び出して栄養剤だと偽って犬の薬殺用の筋肉弛緩剤を飲ませて殺害。この殺害を知った暴力団幹部と運転手を口封じで殺害。次いで犬の販売トラブルで顧客を殺害。犬飼育場に遺体を運び、風間と2人で浴槽にて包丁でバラバラにし、肉片は川に棄て、骨はドラム缶で焼き、残った骨灰は近くの山林に棄てた。
 94年大阪で愛犬家殺人事件が報道され、埼玉でも愛犬家の失踪事件が報道されるようになって事件が発覚します。この事件の異様さは、手口の残酷さや身勝手さもさることながら、この二人に全面的に隷従して死体遺棄などを手伝う男の存在です。傍目からは何故、そこまで従うのか分からないのですが、彼の供述が決め手になって逮捕されます。


                     廃墟となっている関根の繁殖場(支店タカハシより)

ここには生命をハンドリングする者の未熟さや倫理観の欠如が示されています。金儲けの為に生命をいじることに何の痛痒も感じなくなる怖さが秘められています。

(ペットの処分)
 ペットを購入するのも、飼うのも、そして処分するのにも金がかかるものです。人間は飽き易く、無責任ですから、ペットを飼い始めても、飽きる、大きくなってしまって可愛くなくなった、世話する人間がいなくなった、面倒だ、流行遅れ等々の理由によって、いらなくなった、飽きたペットをゴミのように棄てる人達が出てきます。ペットの虐待や放置により、保健所での殺処分数の増加が問題視されるようになっています。保健所は、膨大な量にのぼるペットに悲鳴をあげ、生き物を殺すことへの残酷さを訴えるようになります。しかし、そんなこととは無関係にペットは増え続けています。
  処分された猫と犬:資料News