ラブホテルの成立

 都市の歓楽街の場末には連れ込み旅館と呼ばれる恋人同士、不倫あるいは売春のための宿泊というか、休憩というのか、まぁ、その手のものが林立しておりました。かつての連れ込み旅館の屋根には、その名の通り「温泉マーク」のネオンがかかげられ、その形から通称「さかさクラゲ」とも呼ばれていました。新宿の大久保あたりは、その典型でしたし、かの吉原、上野近くの鶯谷、ラブホテル街をなしているところは、ほとんどがそれでした。

 連れ込み宿がラブホテルに変わっていくのは、豊かさがもたらしたもので、連れ込み旅館の多くが和室、蒲団を敷くタイプで、風呂は共同。それがベッドに換わっていくのは昭和50年代くらいでしょうか。注意すべきは連れ込み宿の多くが売春と不倫であったのが、ラブホテルに転換されると、素人、普通の恋人同士が利用する場所になったことです。時代は結婚する時、女性は処女であることを求めることが無理というか、消えてきたことです。以前はsex経験のある女性を嫌がる感覚があったのですが、もはやそんなことを要求すること自体が封建的とみなされるようになったことです。男たちもこの風潮を歓迎したのです。でもこの時代は、できちゃった結婚は、やはり憚れることであり、恥であったのですが・・・・。
 ラブホテルへの転換は、回転ベッドやシャワールームの改良などが起き、手を変え品を変えての工夫が評判を呼び、これまた、大きなブームを引き起こしていくことになります。このラブホテルの建設ブームがビジネスホテルの建設に先行して始まりました。ラブホテルの方がはるかに儲かりましたから。
 それとは別に郊外の幹線道路沿いに、王宮のようなラブホテルが建設されるようになるのは、乗用車が普及し始める同じ昭和50年代であったでしょう。現在はお城風、王宮風のラブホテルは姿を消していまして、Googleではあまり出てこない。

写楽1981.9
写楽 1981.10
大阪 桜宮ラブホテル街

  元ラブホテルで通称「道後城」                大阪 キングダム

岐阜ボンジョルノ                 名古屋バレンタイン大使館

横浜 クイーンエリザベス石亭                      御殿場 ホテル アイネ

浜松市 ニュージャパン

これは当時、目黒駅前に建って評判になった目黒エンペラー

 この手の郊外型のラブホテルに対して都市にあるラブホテルは当時からでも趣が違っており、少し抑え目の演出ではありました。都市のラブホテルは恋人同士以外に売春目的のものが相当数ありました。右下は1984年当時の渋谷円山町のラブホテルの分布図ですが、ここに76軒があげられています。
新宿 渋谷円山町
                        松澤光雄「繁華街を歩く」
写真:荒木経惟
夜の新宿 歌舞伎町の外れ


山本英夫「のぞき屋」
東鍋昌平「闇金ウシジマくん」
たなか亜希夫「ボーダー」
内装

最近の回転ベッド  写真:都築響一「ラブホテル」

ホテルアルパ(駒込)
国道16号線沿線