s50年代 軽妙


 ペリー来航以来、欧米帝国主義と闘うことを至上命題としてきた我が国は、敗戦の後も懸命な努力を、それこそ全国民挙げて頑張ってきました。その間、おおよそ100年、生真面目に、真剣に世界と対峙し、戦前は軍事力によって、戦後は経済力によって、欧米先進国に並び立つことがすべてであり、国家存亡、民族存亡を賭けた戦いでした。
 1973年に起きた石油ショックは、高度成長の基盤を叩き壊したように見え、奈落の底に落ちるという恐怖が国民に蔓延します。ここを何とか切り抜けよう、這い上がろうという、再度、戦時中のように国を挙げての取組みの中で、画期的な省エネ技術や、メカトロニクスといわれる電子制御による機械装置が作り出され、ロボット強国になり、その技術力は欧米先進国を凌駕するようになります。ここに初めて明治以来、欧米先進国を追い抜いた瞬間が訪れたのです。

 圧倒的な技術力によって、輸出が拡大していきます。輸出によって得たお金は、回りまわって国内に潤沢な資金を提供し、人々の暮らしは目に見えて向上していきます。高度成長期のような毎年10%を超えるようなものではありませんでしたが、7〜8%の成長力は世界最強の経済力の国家にのし上がる力になっていきます。もはや外貨準備の残高にピーピー騒ぐこともなくなります。何より円が国際通貨になっていく契機を生み出しました。アメリカがクシャミをすると日本は風邪をひくと言われたひ弱さは消えていきます。

 この経済力は自信を生み出し、欧米文化のコピーではない、日本独自の価値観から様々なものが生み出されるようになります。その一つが「可愛い」でした。もう一つは江戸以来の軽妙な笑いであったでしょう。明治以前への関心が強まり、にわかに江戸ブームが起きてくるのも、自信の表れであったでしょう。

 それでも、アメリカの影響は、豊かさのモデルとして、濃くあり、アメリカ的なものを積極的に取り入れていく形です。この時期に出現するサービス業の多くが欧米をモデルにしていますし、アメリカでエスニック・ブームが起きれば、日本でもエスニック・ブームが起きてきます。特に音楽関係は著しいものがあります。しかし以前と異なっているのは、盲目的な劣化コピーではなくなっていることです。日本的に工夫し変容させる余裕が出てきている形です。

 オレたちひょうきん族