美少女そしてアイドル

美少女の出現
 以前は、男でも、女でも、顔の美醜を話すことは、世を慮るというか、恥ずべきことのような感じでした。 勿論、そう言いながらも、面食いという言葉が昔からあったように、美しい面差しは強い人気がありましたが、それでも口に出して言う、特に相手に面前して言うのは間違っていることとされてきました。

 70年代も終わりの頃から、若い娘に「ブス」という言葉が平然と投げつけられるようになります。後藤久美子が「国民的美少女」をキャッチコピーとして売り出し、世に言う「美少女ブーム」を巻き起こして成功したことをきっかけに、 それに続く国民的美少女を発掘しようと開始されます。この時代に美少女雑誌、名前も「べっぴん」、「すっぴん」(英知出版)が販売され大ヒットになります。これらの雑誌や芸能プロダクションが組んだ全日本国民的美少女コンテストが成立します。歌の巧さなどよりも、何よりも美しい、可愛いが突出してきて、歌わない、歌えないアイドルが出現してきます。非常に若い、中学生、高校生が発掘されるのです。70年代にも、可愛いを基調としたアイドル天地真理などがいましたが、どんなにヘタでも歌を歌わないアイドルはいなかったのですが、時代は変わり始めます。
 TVの普及から始まった若い子達、特に女の子の芸能界志向は、芸能プロダクションを中心とした歌手の発掘だったものが、美少女というジャンルが増えたことで一段と加熱します。ペヨトル工房が夜想を作った頃、最初に雇用した子が次に選んだ職場がこういう若い子達のニーズに応えるべく発刊された「デビュー」という雑誌だったことを憶えています。夜想とは違って数万部の雑誌に育っていきました。



 美少女の代表は誰だったのか分かりませんが、全日本国民的美少女コンテスト(87年開始)の優勝者などは、よく知られていますし、芸能プロダクションと一体になった売込みが行われ芸能界デビューを果たしていきますので、それ以外の80年代の美少女を
何人か、紹介します。よく分かりませんが、これでもかというほど出てきました。なお、全日本国民的美少女コンテストで出た後藤久美子と宮沢リエはバブルの時代で紹介しています。

千葉麗子

デビューは17歳ではなく、中学生くらいではないかと思います。この中では比較的名前が残った方で20歳頃は電脳アイドルにもなっています。Wikiには昔の話はないようです。

小林愛

竹澤志保(漢字が違うかも・・)

大塚真実


石田ひかり

     ひかりのお姉さんゆり子
中江有里


 最近でこそ出番は減っていますが、この中で唯一と言って良いほど成功したのは女優石田ひかりです。お姉さんの方も頑張っていますが、評価は今一つのような。まぁ、これからかもしれませんが。

(アイドルの誕生)
 アイドルに対する関心が異常なほど高まっていった時代です。特に若い娘達にとって、夢そのものであったでしょう。それが一つ前の山口百恵を中心とした時代との大きな差でもあります。この時代というより、少しバブル側に入っていく時代のアイドルとして中山美穂と小泉今日子を紹介します。2人共に時代の只中にあって、長く芸能界に身を置いたという以上に時代の表現者の一人であったろうと思います。特に小泉今日子の存在は大きかったと思います。2人ともに美少女でありますが、美少女、アイドルという枠から大きく踏み出し成長していった80年代を代表する存在であるでしょう。

 中山美穂(ミポリン)
 ツッパリ系の美少女として出現してきます。その整った顔立ちと、笑顔が大きな売りであったように思います。歌手としてよりコミカルな役を巧くこなせる俳優としての魅力がありましたし、ファッション関係では若い娘達に大きな影響を与えたと思います。


 小泉今日子(kyon-kyon)
 小泉今日子さんの若い頃の写真は、なかなか難しい。実の処はkyon-kyonへの興味なんか,売り出し中の頃は、全然、ありませんで、中山美穂さんでも、アイドルとして歌は耳には入っていたでしょうが、まったく聴いておりません。kyon-kyonに興味を持ったのは、向田邦子作/久世光彦演出のドラマに出演したのを見てからです。おや、こんな子がアイドルでいるんだという印象です。
 kyon-kyonは、カルチャー系・サブカル系、カワイイ系で、強い存在感があり、積極的にこの世界に関わっていくという意味で、アイドルとして異色であり、やがてアイドルを脱して女優へと転身していきます。


 大ヒット曲も一応、貼っておきます。アイドルへの世の関心、そのままの歌です。
「なんてったってアイドル」


(アイドルへの欲望)=アイドリアン達
 アイドルへの異常な関心は奇妙な方向に捩れて行きます。適えられない欲望が変容をもたらしたとも言えますが、実際はどうなのか分かりません。それはトップ・アイドルに向って、そして決してトップにはなりえないアイドルにも向っていきます。アイドルに強固に執着するアイドリアンを生み出します。オタクの出現という形で現れるのですが、その無意味なる猛烈な収集癖は、強烈な拘りを示すようですが、当人達にとっては、それほどの気分ではないようです。
 それは奇妙な自己実現欲望のようです。ここらは同じ世代ではないので到底、理解することは適わないものですが・・・。


コレクション
 アイドルの写真集や、アイドルを使った広告写真、ポスター、等身大の看板が異常な高値で取引されるようになります。特にデビューして間もない頃の無名時代のものは値段が高騰します。この森高千里もその中の一人です。誰が高くなるのかは、私のようなオッサンに分かる訳ありません。


パンチラ写真
 盗撮行為がカメラの技術進化と共に、雪崩を打つように広がっていきます。特にアイドルや有名人が格好の餌食になります。パンチラ写真の投稿雑誌が多数販売される状況が生まれます。芸能事務所はガードを固め、写真機の持込を制限しますが、それを掻い潜ってパンチラ写真は蔓延していきます。普通の女子高生や女子中学生、はては小学生まで対象は広がり、っていきます。警察は業を煮やしてカメラ・メーカーにシャッター音の義務付けを課します。それにも関わらず、勢いは止まらず、この手を撮影するのに有利な教師まで手を出したりします。いったい何の為に教師になったのか、ロリコン趣味を満たすためではないかという疑いまで出てきます。
 驚くべきことに、これは我が国だけの現象ではなく、先進国で相当に蔓延していきます。いったいこれは何なのか。興奮するネタになる感覚が、私には分からない。

  
別冊宝島「おたくの本」                                    こういうのだと、まだ、分かるんですけどねぇ。ギョッとしますし。

B級アイドルの追駆け
 トップ・アイドルになる以前は、誰でもが無名のアイドルだった訳ですから、多分、最初はトップ・アイドルにやがてなっていくだろうと目星をつけて、先取りの感覚で無名時代から追駆け(オッカケ)をしたのが、多分、最初なのでしょう。しばらくするとオッカケそのものが目的のようになって、無名のまま終わるだろうアイドル候補生もまた、応援するという形のオッカケが数十人単位で発生していきます。何の見返りもない、オッカケに熱中していく。そしてオッカケをしている自分自身に陶酔していく感覚があります。アイドルは全国のあちこちでキャンペーンを行う訳で、そのどこにも同じメンバーが顔を揃えるという奇妙な、ファンが個々のアイドル候補生に付く感じです。アイドル関連の商材から宣伝材料まで大量に購入したのも彼らです。
 最初に掲げた美少女達も、多くのオッカケを生み出したでしょう。ここまで美少女でなくとも、オッカケはどこにでもいました。アイドル自身は彼ら特殊なファンをキモイという感覚が強かったようですが、そんなことにめげる様な連中ではありませんし、事務所側も、こういう連中が付くのが人気のバロメーターであり、ファンが付くことはプラスだと思ったでしょうから、少なくともデビュー当初は大いに歓迎したと思います。この現象は、非生産的な消費が可能なほど、豊かな社会に至ったと言えるのでしょう。

至福の瞬間?別冊宝島「おたくの本」