女の本音

 封建時代から、あるいは、そんなに昔ではなくとも女性に期待されるもの、良妻賢母や性に対する慎み、子供への無条件の愛情などが強く世を覆っていた時代から、大きく変容しようとしていったのがこの時代です。前の時代がウーマンリブ、自由を求めて主張する女、権利を声高に叫ぶ女、左翼リベラルなイデオロギーに満ちており、そのことに多くの女性達も共感はあっても、動かない、つまり世の中的にあまり変わらなかったものから、豊かさを背景に、世の中が主張の方向に動き始めると、これまで暗黙に運動への承認を与えていた女性達から本音が溢れ出てくるのです。70年代の主張していた女性からは、保守勢力に迎合した反動だと激しい非難を浴びるのですが、大多数の女性が本音に強い共感を示し、支持を集めるようになります。やがて左翼リベラルな女性達は、痛い人になるのですが、そこまでの話しにはここは至りません。
 これは日本だけの話ではありません。アメリカにおいても70年代の行き過ぎたフェニズム運動が、この時期に反省期に入ります。彼女達の主張がある程度、社会で認められるようになったことと、男から権利を取り戻しても、それだけでは幸福にはなれないことを知ったことが大きくあります。そしてフェニズムが男らしさ、女らしさを否定したことは、女が男より劣っていると暗黙に認めたことでもありました。
 権利を獲得するまでは、一致団結していた女性達も、いざ権利が手に入ると、様々な思惑で、男達と同様の権力闘争になっていたことも、多くの女性達が反発を強め、フェニズムのリーダー達が女性の敵は女性とまで言うようになったことも大きくあったでしょう。
 そんなことまで求めていない、楽なものは楽なままで良いじゃないかということだったように思います。楽しみを跳ね上げていく、そこにはイデオロギーではない何かが生まれていたのでしょう。

岡崎京子「くちびるから散弾銃」

林真理子
 時代の風潮を掴んだのは林真理子さんです。この「ルンルンを買っておうちに帰ろう」は、左翼イデオロギーに満ち、自立する女に対して反逆的とも言うべき結婚願望が提示されます。非常に大きな評判を呼び、大ヒット作になります。その後の活躍は、一種、独特の光彩を放つことになります。私自身は、実は、この一冊しか読んでおりません。大変、読みやすいものでしたが、まぁ、内容があるとは、とても言えないものでしたので。二冊目は手にとっては見ましたが、パラパラとめくっただけで、同じような調子だなと。大御所になった今も、特に読む気にはなれませんので、批評はありません。


岡崎京子
 岡崎京子さんの漫画に接したのは、彼女が病気に倒れた後ですので、昔の何かを知っていることはありません。大塚英志さんやら、その他の評論家、漫画家から非常に高い評価を受けていますが、私が読んだ頃には、岡崎京子さんの亜流のものを読んでしまっていた関係から、それほど感激するものではありませんでした。女性の性的な本音が語られ始めた契機となる人であったそうです。振り返ってみれば、女性が性欲を持つ存在だと認識されたのは、それほど古い話ではなく、80年頃であったと思います。それだけ女性が力を持ち、自分の言葉でしゃべり始めた時期であるのです。
 ここには「かわいい革命」でメルヘンに浸る感覚はどこにもありません。男達がメルヘンに閉じこもっていくのに対して、女性は欲望を通じてメルヘンから脱していくものを表現しているのかもしれません。
 ここまで書いて、何冊か読み返すと、なるほど評価される訳だと、分かります。性というより、生き方の本音というか、男の持つ女性へのイメージ、思い込みを壊すものがある。この時代の息吹が聞こえてくる感じの作品が多く見られます。時代の転換を象徴する人であったようです。



内田春菊
 スキャンダラスな側面と、漫画の過激さから岡崎京子さんよりも有名になります。だらしなさが前面に出てくる女性像を描き出します。

 女性漫画家がSexを描き出す少し前に、70年代の劇画の最後にロリコン漫画の流行が起きてきた話をしましたが、ロリコン漫画の絵は基本的に少女漫画風の顔が身体に比べて大きく、顔の中でも、お目目ばっちり、目の中に星を描く絵が好まれたことから、女性漫画家が男性漫画誌に掲載されることが、まずなかった時代に、無名だった女性漫画家が登用され始めます。岡崎京子さんも、内田春菊さんも、最初はこの手のエロ系漫画誌がデビューになります。その影響でしょうか、この頃のロリ系のピンクチラシは、この手のイラストが多く使われています。
別冊宝島「おたくの本」

 女性漫画家が、エロスを全面に出して以降、張ったリアルな自分自身を重ね合わせたような芸風を売りにしたり、とことん飲んだくれ、酔っ払い漫画などが出始めます。中でも90年代から大活躍し、破天荒なギャンブルと、少年少女時代を濃い叙情性で描く西原理恵子さんは、漫画界のトップに君臨することになります。

山田詠美
 日本人の女性と黒人との性の交流を描いた「ベッドタイム・アイズ」が代表的な作品になりました。まぁ、それだけではないですが、強い印象があります。


上野千鶴子
 女の本音という事で上野さんを取り上げるのには私としても、本人としても抵抗があるのではないかと言う気がしないでもありません。よくご存知の通り彼女はフェミニスト論者であり、フェミニズムが「女の本音」とは思えないからです。しかし、この時代の代表的な論者であることと、別冊宝島「80年代の正体」の中で山下悦子「明るく、ポップなエロおばさんは、なぜ元気印だったのかー上野千鶴子論」に、フェミニズム論者以外の有能なマーケッターという側面での成功として、この2冊を代表的な作品に位置づけていることです。軽さ、遊び、ミーハー感覚は、この時代の田中康夫や浅田彰にも通じるものがあり、その意味で、この時代そのものであったのでしょう。
 ただ、私自身としては彼女の本を立ち読みはしたことがあっても、読んだことはありません。何ら衝撃的な言葉も意味もありません。取り上げた林真理子ほどのある種の時代を感じさせるものでもないし、まして女性漫画家たちの時代感覚を秘めているとは思えないのです。フェミニストとして性の問題を声高に語りながら、なお、軽いという形では何かがあったのでしょう。



 時代区分的にはバブルの時代に突入していますが、1989年4月に発売された女性週刊誌『an・an』において、「セックスで、きれいになる」とコピーが打たれたセックス特集が組まれ、女性の性に対する意識変化が大手メジャー雑誌にも顕われはじめ、強き女に向って邁進していく、女の時代が始まるのです。an・anはこの特集のヒットに気を良くして、ほぼ、毎年、同じタイトルの特集号を出版し続けるのです。


 TVの高感度タレントにトップに君臨するのは山田邦子で、その下品な笑いと本音トークがその後の人気女性タレントのキャラクターを決定付け、以降、続々と、山田邦子より下品な女性タレントがTVバラエティを占領することになります。美人であること、上品であること等、女性的なものへの男達の期待を吹き飛ばし、新たな時代を作り出していくものでありました。

そして、このCM「かわいっ子ぶりっこ」にあるように同時代の可愛い革命をも皮肉る形の、ポストモダン的なずらしをも、お笑いの力を使って表現する力をお笑いは持つのです。

 もう一つの大きな流れが「強い女」です。肉体への関心の高まりと同時に筋肉モリモリの女性に美を感じる感覚の登場です。これもアメリカからもたらされたもので、日本では大きく流行するものではありませんでしたが、やがてオリンピック選手などスポーツをする女性への高い人気を産む源泉となっていくものでした。
 中でもアメリカの女性ビルダーのリサ・ライオン(Lisa Lyon)はメープルソープの写真で有名になり、来日もあり、何人かの写真家が彼女を被写体にして撮影をしています。

ロバート・メイプルソープ
横尾忠則