米沢氏によれば、初期は7割が創作同人、1割が評論、2割がファンクラブだったものが、90年頃には創作は3〜4割、評論研究誌が3割、残りがパロディだそうです。
  膨大な種類が販売されるマンガ同人誌は専門家によっていくつかの種類に区分されていますが、それは専門の方々に任せましょう。
  私は古い世代ですから、パロディとして楽しむ以前に、オリジナルの方をよく知らない面があることと、素人が書いたものを喜ぶ感性は持ち合わせていませんので、悪しからず。特にコメントもありません。

コミケ Commic Market
 1976年に始まった世界最大、世界唯一のマンガ同人誌即売会コミケは、2010年夏を含めて、定期開催だけで78回を数え、開催期間は現在では主に3日間。8月に開催されるものは「夏コミ」、12月に開催されるものは「冬コミ」と呼ばれ、2009年夏に行われた「コミックマーケット76」では東京ビッグサイトを3日間借り切った状態でサークル参加者数は3万5000スペース、一般参加者数は延べ56万人。下のグラフでみるように90年では10万人に過ぎず、年々、参加者を増やしています。
 開始当時、いくつかあったミニコミのフェアは82年ごろにはあらかた潰れ、85,6年頃から商業・企業イベントとして新たに始まり、それが「やおいブーム」(ヤマなし、オチなし、イミなし)と重なって成長し、企業活動として成立したことが大きかったと、コミケの仕掛け人米沢嘉博氏が同誌のインタビューで答えています。この辺りの事情は、70年代の劇画で私が書いた、少年漫画が行き過ぎたことから、少年マガジンなどが、子供向けに方針転換したことが、きっかけになっているようです。少女漫画の花の24年組、萩尾望都、大島弓子、竹宮恵子あたりが出てくる時代状況の中で、コミケの初期を担ったのが少女漫画を書く人であったというのは、同じ時代を生きてきた人間としては、よく分かる感じがします。

 どこかの段階で爆発的に増えたという感じは米沢氏は持っていないようで、常に少しずつ増えてきた、人が人を呼び、本そのものが人を集めるという感じだそうです。この驚くべきエネルギーは何であるのかは誰も答えを見出していないようです。古い場内マップを見ると現在とは比較にならないほどですが、当時ですら、何故、これほどの同人誌が現われ、多くの若者達を惹き付けているのかが分からなかったのです。ただ、この異様な現象を楽しむしかないのでしょう。私自身は一度も参加したことがありません。マスコミで知っているだけですから、言える事はありません。写真は特に記入がないものは、別冊宝島「私をコミケにつれてって」からです。


別冊宝島「おたくの本」

                                           1979年の場内地図(大田区産業会館)
晴海見本市会場
幕張
とりみき
                          有明

97年の場内地図(東京ビッグサイト)

(同人誌)
                              
                                              唐沢なおき「漫画極道」



コスプレ
 会場ではマンガを題材にしたコスプレが多くのファンを集め、写真撮影が盛んに行われています。コスプレ自体はアメリカのSF大会のイベントの一つであったようですが、コミケに登場することで、大きな関心を集めていくことになったのでしょう。コミケを飛び出して、やがてバブルが弾ける頃にはコスプレの風俗店ができたり、飲食店もお目見えするなど全社会的な現象に広がり、世界中に日本のコスプレ文化が飛び火していくのです。まぁ、こんなことは私が言うまでもないことではありますが・・・。
一本木蛮


フィギュア
 フィギュアの歴史を美少女フィギュアの13年というページから、そのまま引用します。少し配列や文章を変えてあります。

◆70年代・・・個人やグループ規模の少量生産の模型の中でも樹脂やメタル素材のもの、いわゆるガレージキット(ガレキ)が日本で作られ始めた。初期のガレキはバキュームキットやソフトビニール製が多く、航空機などのスケールモデルやSF映画・小説を題材としたもの、キャラクターものではソフビ怪獣などが主だった。

◆80年代なかば・・・・海洋堂ゼネラルプロダクツ(ゼネプロ)がガレージキット販売を開始。
 85年にはゼネプロによってSF大会ディーラーズルームから分家する形で第一回ワンダーフェスティバルが開催され、徐々にガレキの裾野が拡がる。

 同じ時期、ハード的には無発泡ポリウレタン樹脂(=レジン)によるキット複製の一般化が、ソフト的にはヤマト/ガンダムを鏑矢とするとする第一期アニメブームが、キャラクターフィギュアの勃興を支えました。この頃の人気キャラは『うる星やつら』『クリーミーマミ』『ミンキーモモ』といったところ。 美少女フィギュアの黎明期といえるでしょう。

◆80年代後半・・・・・・ボーメ氏、K.PIERO氏といった現在も活躍するスカルプターが登場します。いわゆる「原型師」がクローズアップされはじめました。「イベント」「メーカー」「原型師」現在の美少女フィギュアの基盤ができあがったのがこの頃です。

美少女フィギュア13年より

 別冊宝島に登場しているのは俳優京本政樹のコレクション、ソフビ怪獣です。フィギュアは以降、多様に変化し、非常に高額のものが売られています。ここらは基本的に分かりません。
京本政樹

 現代美術の作家である村上隆がフィギュアを手がけ、高額の値段がつくまでには、まだ、長い時間がかかりますが、フィギュア=オタク文化の発展の一部にフィギュアは大きな一部を占めています。