アーケードゲーム Arcade game

 それは1978年、インベーダー・ゲームから始まりました。確かにこれ以前、ブロック崩しもありましたが、大ブームと言うほどではありませんでした。老いも若きも参加する騒ぎはインベーダー・ゲームが最初です。最盛期には全国で28万台が喫茶店などに設置され、1台で月に50万円稼ぎ出すほどの大ブームになります。普通のテーブルは脇に押しやられてゲーム機が一番良い場所を占有しました。

当時のゲーム機
ゼビウス   サンダーストーム
 インベーダーゲームは、パチンコなどと異なって、買ったからといって景品やお金が手に入るものでもないので、中高年は比較的早くブームから去り、若者を中心にゲームが盛んになって行きます。80年にパックマン、83年にゼビウスと続き、ナムコ全盛時代になります。85年にはスーパーマリオブラザースが登場しファミコンの時代が始まりますが、アーケードゲームは画面のサイズ、精細度、速度で圧倒的に強く、次のブーム、85年、体感ゲームにより一層、強さを発揮します。その最初を担ったのはセガの「ハングオン」でした・

 ここらは懐かしがっている人が世界に沢山いるようで、日本では高井商会が沢山保存していますし、アメリカではレトロ・ミュージアムという専門の博物館があるようです。紹介ページです。日本でも博物館建設の計画があるようです。
高井商会に保存されているレトロ・ゲーム





松本大洋「鉄コン筋クリート」


80年代に入るとシューティング・ゲームが登場します。


 バブル期に入る頃、アーケードゲームは、ポーカーゲーム、競馬ゲームなど、金を賭けるゲームが大流行し、サラ金から金を借りてゲームをするサラリーマンが大量に出るなど社会問題化し、警察による厳しい取締り、違法ゲームセンターの摘発が相次ぐことになります。バブル期には暴力団が経営する地下カジノにまで至ることになります。

  一方、ファミコンの技術進歩は著しく、大量のゲームが開発され、次第にアーケードゲームは退潮していきます。このHPの時代から外れますが、90年代に入ると対戦型格闘ゲームStreet Fighterが登場し、家庭用ゲーム機に押されていたアーケードゲームに新たな場を提供することになります。しかし、2000年に入る頃、アーケードゲーム機の最大手のセガの没落は世間の注目を集めることになります。

                    吉原基貴「あおい火」


ゲームセンター(ゲーセン)
 アーケードゲームの退潮は随分、この時代から後のことです。当時、ちょっとした街の商店街には、大型のゲームセンターが次々とオープンしていきました。警視庁の統計を見たら86年には26000軒もあったんですなぁ・・・・・。2010年は7500軒。
 特にこの時代、セガの勢いは凄まじいものがあり、アミューズメント・テーマパークを作り出します。この下の写真は現在、残っているものですが、当時は内外装ともに非常に派手なものが沢山ありました。これは日本だけではありません。世界中に広まったのです。ゲームによって日本の世紀が始まったとも言えるでしょう。


秋葉原                                          昭島駅前

こちらはアメリカです。

これは比較的最近のゲームセンターです。


ゲーマーの出現
 卓越した技能を持つゲーマーという人種が出現してきます。ただこれは私のような年齢の人間には理解を絶する人々なので解説はいたしません。多分、子供らの間では超有名人がいるのでしょう。
別冊宝島

何か孤独感の漂う漫画です。
吉原基貴「あおい火」

 画像を見て思い出したのですが、こういうパンチング・ゲームがありました。今とは大分雰囲気が違いますが・・・・。あとモグラ叩きも随分、流行りました。モグラ叩きは最近のもので、昔の画像があれば取り替えます。

高橋郁男「東京時代」

 武田徹「世紀末風俗研究」を読んでいて思い出したのですが、もうバブルの時代に突入しているのですが、セガが経営していたオーツー・パークというアミュズメント・パークがあって、ファミリー向けのカーニバルゲームというのがありました。一部のマニア向けではなく社会全体がゲームに熱中していく時代の雰囲気を伝えます。
オーツーパーク