ポップオカルト <Pop Acult >


 萩尾望都竹宮惠子大島弓子山岸凉子といった24年組 が70年代にデビューし、70年代後半にはメジャー男性向け週刊漫画にも連載が始まり、私なんかも、その時に初めて目にし、読み応えのある内容に驚いたことを憶えています。男性誌に登場した物語の多くが壮大なスケールを持ったものであったことも影響していると思います。少女漫画と、男性誌と一線を画していたものが、相互進入が始まった時期です。この壮大なるスケール感は男性漫画の中にも現れてきます。


 宮崎駿監督の風の谷のナウシカを初めとした壮大なスケール感を持ったアニメ、作品群が大きな支持を集めるのも、この時代の雰囲気そのものです。

     若かりし宮崎駿監督
 ナウシカがオーム真理教の中でバイブルのように扱われたとされるように、壮大な物語はこの時代の精神世界観の一つの表れと言って良いでしょう。
 ハルマゲドンに向かう中での古代的なオカルティックなパワーが大きな役割を果たします。


高山和雅「奇相天覚」

 少女漫画の一連の作品集も、宮崎監督もオカルトには分類されることはありませんが、世に蔓延するオカルトの土壌から何ものかを汲み上げていたと思います。 一般的かどうか分かりませんが、この時代のオカルトは深刻さは欠片もありません。 ただ、オカルト的なものを楽しんでいるだけで、一部を除けば提示されたものの何ものも信じてはいなかったでしょう。 その楽しみを体現していたのが雑誌ムーです。 ポップ・オカルトといわれる由縁です。これは我が国だけの現象ではありません。 アメリカでもこの手が大流行でして、60年代に始まったTVトワイライト・ゾーン辺りが最初のようです。私がアメリカに旅行した時、スーパーに新聞や週刊誌と並んで、名前は忘れてしまいましたが、この手の週刊誌が突っ込まれていたりするのです。学研はアメリカの流行を見てムーを創刊したのかもしれません。


   TVドラマ
 こういうちょっと不思議がかかったものは、TV番組の定番になりました。 今でも時折、霊能力者と称する輩を呼んできて、ワケワカメの占いをさせることがよくありますが、80年前後の頃は、それこそのべつまくなく、スペシャル番組が作られました。 未確認物体(UMA)とか宇宙人とかは定番でして、心霊スポット巡り、これは少し後でしょうか。 女子中学生や女子高生の間で大流行していくのです。 コックリさんとか、「前世の仲間探し」なんていう、「私は転生した戦士、かつての仲間を探しています」 …といった、自分の前世を探り、その当時いたであろう仲間を募るなんていうことが、当人達は真剣なんでしょうが、私なんかからすると、お笑いというか、なんか暇つぶしとしか言いようもないものでした。 背後霊、守護霊とか、ノストラダムスの大予言によれば、大異変が起きるはずだとか、そんな話ばかりでした。新宗教も、これらを養分として成長し、そこから、また、新たな話題を引き出してきました

UFO(未確認飛行物体)
 UFOの話題も盛んでした。ここらはオカルト染みた話なんですが、その一方で宇宙人を題材にしたお笑いものも結構ありました。まぁドラエモンなんかもそうですな。

 
横山えいじ「スクランブル効果」

 SFの大流行とも言える現象だったのかもしれません。SF雑誌「奇想天外」が大きな勢力としてあったようにも思います。マンガ奇想天外も出版されます。次にふれる夢枕獏をデビューさせています。ここらの事情は実はあまり知らないのです。SFよりも私としてはメタフィクションや伝奇モノが好きなせいですが・・・。

 メタフィクションの流行は、戦前の日本小説に回帰する部分もあって、夢野久作が注目されます。中でも怪作とも最高傑作ともいわれる『ドグラ・マグラ』は、探偵小説の体裁をとりながら、精神病院の患者の悪夢を記述していく形で、まぁ、私好みのものです。映画化もされています。ペヨトル工房の夜想の3号は夢野久作特集号です。そんな話をここに付けておきます。

(ペヨトル話)
 夜想3号は、2号から半年後の81年4月の発行になっています。当時、夢野久作は初めての全集が出版され、後からですが映画も作られ、ちょっとした夢野久作ブームになっていました。彼らから、次は夢野久作でいきますという話は聞いていました。
 青木画廊から離れ、特集が日本人であることもあり、執筆人は中井英夫、寺山修司、由良君美、竹中労、中野美代子など、超一流。創刊号に比べれば隔世の感があります。力が入った本ですが、営業的には厳しいものがありました。再販されることはありませんでした。ある意味では文学、文学していた訳ではなかったのですが、竹中英太郎(挿絵画家)の画像が暗いことと、情念やエロスに偏った編集が久作ファンには、今ひとつだったのかもしれません。
 直接的な情念が空回りしている感じがしますが、やはり、知られていない本の難しさが現れているのです。多分、これが10号くらいだったら、そこそこ売れたとは思います。夜想の持つカルト性のようなものが浸透してくると、特異な読者層を惹き付けていくのですが、まだ、この段階ではそれが構築できていない状況です。

 夢野久作は右翼の創始者とされる頭山満玄洋社の設立メンバー杉山茂丸を父に持ち、波乱の人生を生きた人であり、あるいはもう少しふくらみが欲しかったように私なんかは思います。玄洋社というのは、中国革命の支援や満州の馬賊との交流など、明治、大正、昭和の戦前期を通じて、ロマンティシズムに溢れ、唐十郎さんの芝居にも、題材されることが多いのです。
 夢野久作の挿絵を当時(戦前)描いていた竹中英太郎さんの息子さんである竹中労さんに、いろいろ協力を頂き、彼としては竹中労さんと長いインタビューができたことが嬉しかったようです。竹中さんも、お父さんのことを改めて語り始めることができて、人生の集大成に向かって行かれたのではないかと思います。 労さんはその後、英太郎さんの画集を出版されています。埋もれていた挿絵画家が再び、世に出ることになりました。





乱歩「陰獣」の挿絵

 この伝奇的な世界は超能力や超常現象を伴う形で、新たな作品を生み出して行きます。その代表的なものは帝都物語などがあり、荒俣宏が初めて書いた長編小説です。Wikiによると『平将門の怨霊により帝都破壊を目論む魔人・加藤保憲とその野望を阻止すべく立ち向う人々との攻防を描いた作品。明治末期から昭和73年まで約100年に亘る壮大な物語であり、史実や実在の人物が物語に絡んでいるのが特徴』とありますが、読んでいないので何とも言えませんが、映画は知り合いの嶋田久作さんが主演を勤め、いわば彼の出世作にもなって、TVのCMやらで引っ張りまわされていたので、よく覚えています。
丸尾末広
 その他に夢枕獏によるキマイラ・シリーズやサイコダイバーなどのヒット作が生まれ、これまでの神秘体験が強度に拡張され、イメージを大いに膨らましていきます。

 藤原カムイによる邪馬台国ものの「雷火」も伝奇モノの代表でしょう。

 こういう流行の中で陰陽師・陰陽道あたりが注目され、安倍晴明なんかに突然、スポットが当ったりしました。夢枕漠さんとか、少し時代が遅れますが岡野玲子さんの陰陽師なんてのは代表的なものです。
 書店にはサイ・パワー、サイ・キック、チャネリング、ヒーリングの言葉が乱舞します。そういう切れ切れの話題を土壌にして、神秘的な力を結びつけて壮大な偽史が作られ、物語が生み出されるのです。 普通に語られる歴史に、人間のどうしようもなさや罪悪、暴虐などをみるのに飽き飽きして、まったく違う歴史を紡ぎだしたかったのかもしれません。 こういうワケワカメはお隣の国は大好きで、半島を統一して日本を攻め滅ぼすという夢を紡ぐのをみると、内在するコンプレックスや、抑圧された何かを表わしているのかもしれません。まぁ、韓国の偽史は、この時代ではなく、相当に後のことですが。



 この奇妙で奇怪な流行は、異形ともいうべき人間が生み出したのです。お目にかかったことはないのですが、現在は八幡書店の代表を勤める武田崇元氏です。雑誌ムーの出版にも顧問として強い影響を及ぼしているそうで、Wikiによれば現代オカルト業界を築いた人として紹介されています。その彼が若い時代に作ったのが地球ロマン、迷宮という雑誌群です。地球ロマンは偽史倭人伝、日ユ同祖論、UFO、熊沢天皇、近代神秘学、神代文字と言霊学、倚想科学を特集し、迷宮では近代オカルティズムと霊的指導原理、ナチズムの霊的根源、現代革命と霊性の復権と続きます。妄想世界の構築力という意味で、突出した力を擁しており、この妄想世界には、なかなか就いてく力はありませんが、大本教などの文献の掘り起こす力は、並外れたもので、宗教関係の研究者にとって八幡書店というのは、貴重な出版社です。

 武田氏は学生時代を過激派の一員として活動し、その挫折を経て精神世界に入っていったとありますが、この特異な思想傾向は挫折では語り尽くせないものがあります。壮大なる歴史観というか、極限的な妄想世界です。久山信氏の「神聖なる詭弁と偽史・武装カルト」の中で、この時代を次のように述べています。

『日本におけるポップオカルトの拡散期に当たるこの時期、カルトマスター武田崇元率いる八幡書店を遠巻きにしていたのがほかならぬ中沢新一、いとうせいこう、細野晴臣、荒俣宏といった人々であり、学研でありJ‐WAVEであり西武セゾングループである。そうした諸個 人、文化装置(によって織りなされたポップオカルトサロン)によって、あくまで結果としてではあるが、それまで単なるコンセプトでしかなかった「霊的ボルシェヴィズム」に何らかの形を与える温床がつくられた。ほかならぬ、神秘主義的選民思想の蔓延である。ここに“神仙民族”を僭称する武装ファシスト麻原彰晃が胚胎するのである。』



 武田氏と同じく左翼革命を目指しながら、陰謀論者に変貌する太田竜氏もまた、特異なる存在です。 共産主義革命の夢が弾けた先が、ここらの空想、妄想に至るのかもしれません。その意味では、まだ、ソ連は崩壊しておりませんが、夢の中では、既に壊滅していたのでしょう。

 このような神秘主義的な傾向は音楽面にも現れており、テクノやノイズ関係には濃い影を落としています。
恍愡への躍動 シミュラークル・ポップ

 こういう流行というのは結構、長続きするものでバブル時代を通過した90年代にも新たな出版物があり、仰天しました。買いわしなかったですが、「羨道」これは6号まで発行されたようですが、他に盟神探湯も同じような発行人によって出版されていました。