(ペヨトル関係)
 セゾンから、ドイツ現代美術作家の巨匠ヨーゼフ・ボイスの来日と西武美術館での展覧会の話が持ち込まれます。彼はセゾンを背景にしてインタビューと、来日中に行った制作の状況をビデオ撮影し、販売する許可を得るのです。それがEOSの最終号となるビデオ・ブックとして販売されることになります。83年のことです。 畠山直哉氏が制作を手伝ったようです。あまり憶えておりません。
 左がビデオ・ブックの表です。ビデオは1時間以上はありました。あのボイスだと思って見る、思い入れがないと退屈です。私も1回しか見ていなかったと思います。

 私はボイスのことを知りませんでした。彼らとしても、どうだったのでしょうか。画集などはほとんど入っておりませんでしたし、彼らもどこまで知っていたかは疑問です。美術手帳でも大きな特集はなかった。ただ、世界的にはヨーロッパ現代美術を語る上では欠かせない人であること、巨匠にふさわしい人だということだけでした。
 作品は私の趣味ではないが、さすがと云うか、おぉ!と言うものです。彼らはそうとう無理をして作品を購入します。後になって高額で美術館に売った話を聞きました。ビデオ・ブックの方は高額でもあり、惨めなセールスで終わります。 出版しただけの価値しかないものです。

Performance Art パフォーマンス


 70年代から欧米の現代美術は、パフォーマンス・アートが大いに盛り上がりました。70年代のところで触れたように、我が国は暗黒舞踏が、その訓練された肉体と、飛び抜けた技法によって、圧倒的な存在でしたから、美術作家による肉体を使ったパフォーマンスは低調そのものでした。むしろビデオ機材などを使った形のパフォーマンスが行われてた状況で、それも大評判になることはなかった。ただ、こういう流行を追い駆けるのは我が国の特徴ですから、随分、後というかバブル時代に向かうような86年に出版されており、欧米の作家が多く取り上げられています。

 このページでは、当時の欧米のパフォーマンス・アート作家の紹介をすると共に、暗黒舞踏が土方巽氏の死以降に変容していく中で生まれてくるダンスの話題にします。ここで取り上げる勅使川原さんにしろ、山田さんにしろ、パフォーマンス・アートの文脈で語られることには抵抗があるだろうとは思いますが、ダンスとしてページを立てるには、この突出した才能を纏め上げていく言葉を私の方が見つけられないために、そうしているだけでご容赦願いたい。

Joseph Beuys ヨーゼフ・ボイス
 Wikiから、「初期のフルクサスに関わり、パフォーマンスアートの数々を演じ名を馳せたほか、彫刻、インスタレーション、ドローイングなどの作品も数多く残した。」



w/ Coyote


 現代美術とは何か、そしてドイツにおける意味は何か、日本における意味は何かという、問いかけには何もないものでした。そういう意味ではセゾンも彼も同じであったとしか言い様もありません。つまり格好つけたかった、それだけの来日であったように思います。日本の作家達に何か影響があったのでしょうか。大変、疑問です。


Dan Graham
 さすがに日本語のWikiには掲載されませんが、現代アートにおけるパフォーマーという意味では国際的に名の高い人です。まぁ、興味のある方は自分で調べてください。解説できません。

Body Press, 1972


 利賀山房で行われた国際演劇フェスティバルで上演されたものがDVD化されてありましたので、その画像を。見ていないので何も付け加えられません。アメリカの演出家に関心がなかったもので。同時代的には、どうしてもという感覚は持たなかったのです。
Rovert Willson ろう者の視線


Death, Destruction and DetroitDeafman Glance - 1981 TV Drama - Part 1


 飯村隆彦氏の「80年代芸術・フィールド・ノート」を読むと、映像関係の動向がスペースとして大きくあります。パラジャーノフやジム・ジャームッシュ、ピーター・グリーナウエイなど、日本でも話題になる映像作家の名があります。画家ではジュリアン・シュナーベル、そして死んでから日本でも取り上げられるキース・ヘリングの名があります。パフォーマンスではロリー・アンダーセン(テクノの方で紹介)、ナムジュン・パイク、ロバート・ホイットマンがあります。
 写真的に面白かったので立体SFドラマのペリー・ホパーマンとビル・オプレクトを紹介しときます。無名ではないようですが、成功はしなかったようですが・・。

 現代美術は、作家の独りよがりと評論家の知ったかぶり、頭でっかちから逃れるのは容易ではないようです。


 暗黒舞踏によって切り開かれた日本のモダンダンスは、ある段階を迎えています。土方さんの土着性を重視した地べたを這うようなダンスも、笠井さんが切り開いた極めてヨーロッパ的な天上へのダンスも、限界に達していました。多分、コンテンポラリー・ダンスという非常に曖昧で内容のないものに分類されてしまうのでしょうが、即興性と透明感を特徴とするダンスが流れを作り始めます。80年代という時代感覚とどう結びついているかは分かりませんが、大野さんのアルヘンチーナ頌がこの展開の最初の窓口だったような感じがしますが、素人の発言すから、適当にワロスして下さい。

勅使川原三郎
 マイムから始めていると言う点で、暗黒舞踏や大野さん、笠井さんの系列とは異質な臭いを持っています。現在は日本を代表するダンサーでありますが、一体彼のダンスはどういうジャンルに位置づけられるのか、そういうジャンルを超えた人間なのかどうか、私にはよく分かりません。山田さんもそうですが、即興性が強いながら計算し尽くされている所が、ある部分、パフォーマンス・アートに似た所があります。パリなどの海外の公演も多く、多分、海外の方の評価が高いのも山田さんと同じでしょう。パリでは「月のような若者」、四方田犬彦氏は清澄で冷気に満ちた夜の大空を安息の場とする舞踊家と評します。
  


絶対0度


山田せつ子
 勅使川原さんほどには名前を知られていませんが、ダンサーとしての高さは、ほぼ拮抗しています。Wikiでも、YouTubeでも照会されないのは残念です。山田さんの著作「速度の花」には、身体の感覚を示す言葉が溢れています。これは頭で考えることの多い男性ダンサーにはない特異さであり、彼女の表現力なのでしょう。例えば、こんなふうに。
「床の上にからだを置く。何をしたらいいのか、いつもわからない。とりあえず、積み重なった意識がそれぞれの居場所を探していくのを見守りながら整理され過ぎてしまった呼吸が乱れるところまで遊びにいく。からだを、ずらす、ばらす、はずす、空気の隙間に入れてゆく、落とす。・・・・一方で、不安定でよりどころのない感覚に全身が包まれることもある。本当はこんなときが好きだ。からだが何も決断することができなくて、私とからだの境界が曖昧になる。この曖昧さは羊水のようだ。はてしなく揺れて、まわりを満たし時間が流れる。満ちた水の中から魚がポチャンと浮くようにからだが見える。そんなとき、どこでも踊る。」



 上の写真のような激しい動きを連想するよりも、ダンス自体は非常に静かなものですから、こちらの写真の方がふさわしいかもしれません。