シャブ 覚醒剤

 警察庁の言い方では麻薬の第二次乱用期と呼ばれます。戦後、すぐの頃のヒロポン乱用に比べれば半分の大きさですが、戦後すぐの頃と比較するのは間違いです。昭和45年頃から次第に増加していき。昭和50年以降、急速に広がり、昭和59年(1984年)にピークに達します。この時期、暴力団が従来の賭博による稼ぎが警察の取締の中で困難になる中で、資金源として覚醒剤、通称シャブに手を出したことが大きな原因です。シャブという言葉が初めて使用されたのも、この時期です。
 それまで麻薬といえばヘロイン、モルヒネなどが大昔からあったのですが、70年代の前後にアメリカで大麻(マリファナ)や合成麻薬であるLSDが多くベトナム反戦運動の中で常用されるようになり、大麻については欧米では合法化されることも起きました。以降もアメリカは薬物の中毒者は様々な麻薬を試し、アングラ・マネーの資金源として機能し続けていきます。大騒ぎされた70年代よりは、この時期の方が情報も大量になり、それに従って関心も高まっていたんのでしょう。この時期に各種の麻薬関連の書籍が販売されます。



 その中でシャブはヒロポンと同じメタンフェタミンを主成分とするものです。この5,6年先にはコカインの大ブームがアメリカで起きてきます。

 シャブの効用は、強烈な快感、多幸感や高揚した気分が3時間から12時間程度にわたって続き、その間は眠ることも物を食べる事も必要ない異様な興奮状態になります。いわゆる覚醒状態です。効果が切れた後は激しい抑うつ、疲労倦怠感、焦燥感に襲ってくると言います。このため疲れるとまたドラッグを欲する事になり、連用すると耐性が上がり、同じ量では効かなくなり、どんどん量が増えていきます。強烈な覚醒効果は性的な興奮を強め、何時間にもわたってSexが持続可能であることから、暴力団のヒモが女を縛るのに、よく使用したと言われています。サラリーマンなどでも残業が続き、疲労が蓄積した場合、誰かに勧められて、嵌ってしまうことが、かなりあったと言います。
 中毒になると、離脱症状・禁断症状等がみられ、統合失調症に似た幻覚や幻聴、妄想などを引き起こし、被害妄想により暴力行為が起き、シャブによる傷害事件が、当時、頻発していました。また、サラ金や闇金から金を借りてシャブを買うということも起きていて、厳しい取り立てとセットになって、傷害事件も起きましたし、サラ金の取り立てから、お風呂に沈める(ソープランドに売られる)あるいは飯場などの極端に厳しい肉体労働の中でシャブにひっかかる、ひっかかされるということも起きていました。若者達やサラリーマン、主婦層にまで蔓延し、深刻な社会問題に発展していきます。



 もうあまりにも時間が経ってしまったことと、第二次乱用期の記憶とが混ざっていますので、雑誌GOROの特集記事をそのまま貼っておきます。警察は手入れを繰り返し、供給源を叩き、徹底的に締め上げていきます。
小学館GORO 79年7月号

シャブ妄想
                                                                                        別冊宝島

 この時代、宮台真司氏の話を読むと、シャブは高額で、都会の一部にしか出回らなかったために、中高生、特に田舎では依然、シンナーが流行していたようで、覚醒剤よりもシンナーの方が人体に危険であり、取締りを強めなければならないと同時に、シンナーなどの知識を子供達に知らせるべきであるという話が載っています。