痴呆/徘徊老人

 有吉佐和子が「恍惚の人」を書いたのは、昭和47年(1972)で、さすがに一流作家です。世の中には、そういうこともあるのか、という程度の認識で現実味はありませんでした。しかし、空前のベストセラーとなり、痴呆・高齢者の介護問題にスポットが当てられることになった。その関心の高さから「恍惚の人」は当時の流行語にもなり、昭和48年には映画になりました。この頃は、まだ、認知症という言葉もなく、単なる老人の物忘れ、呆けという扱いでしたし、症状として現れる徘徊も理解はほとんどなく、失禁に対する大人向けのオムツも販売どころか、そういう需要があることも理解されない時代です。

                                  アルツハイマーに患い徘徊しているピーター・フォーク
 80年代辺りになると、普通の人達の中にも多く見られるようになりました。ここには80年前後における家庭構造の変化も大きく影響していたのでしょう。当時は祖父母と同居していた嫁さんにすべての負担がのしかかり、その精神的肉体的負担は凄まじいものでした。当時は家族も嫁さんに任せて逃げてしまうことがほとんどで、休みない全人生を舅や姑の世話で費やす形でした。数十年に及ぶ介護は介護する側が精神的負担から欝になる、肉体的に病気になるなどを引き起こしていき、社会問題として膨れ上がっていきます。社会からの支援が行われるようになるまでには、まだ、長い時間が必要でした。
著名人では南田洋子さんが有名です。
 私も近所で何回か徘徊する老人を見たことがあります。ひどく危なかしく、意表を突かれるものでした。
 非常に大きな話題であり、恐怖の対象でした。高齢者介護という言葉も、この頃から出てきたかと思います。認知症は、アメリカの研究で、その一部には脳の毀損、アルツハイマーという診断が出されるようになります。自らアルツハイマーに罹っていることを告白しリタイアを表明したレーガン大統領が有名です。


 でもまぁ、どうなんでしょうか。傍から見れば悲惨で、あぁは成りたくないと思うのは当然でしょうが、呆けて終わるというのも人間・生物として当然のことなのかもしれません。私は天才いがらしみきおの描く「のぼるくんたち」の世界は好きですが。


植物状態人間遷移性意識障害
 この時代のもう一つの話題は、意識を喪ったまま、病院のベッドで長期にわたって植物のように医療器械によって生かされている人間達のことでした。医療機関には当時は、このような患者を受け入れることに制限はなかったために、膨大な保険料が手に入るものでした。医師が患者を倫理的にも法律的にも殺せないこともありました。
 パイプだらけの無残な姿でした。床ずれを防ぐことや大小便の始末などはありましたから、この看護にも患者の家族は疲弊していきます。
 脳死論争や人間の尊厳を求める論争が活発化していきます。

映画の一場面