アメリカのスーパーの誕生

 アメリカの小売業の発展は、スーパーマーケットを発明したことだけではありません。スーパーマーケットに取り入れられた技法はかなり長い時間を経て蓄積され、発展してきたものです。一つがボランタリーやフランチャイズ・システム、一つがセルフサービス、一つがチェーンストア、そしてそれらを総合化することになるスーパーマーケットです。アメリカの小売業の発展について、ここに文章を書けるほどの知識はありませんので、昔、読んだ話から概略を述べておきます。間違っていたら御免なさい。

 アメリカの商業発展はヨーロッパや我が国、あるいは他の地域とも大きく異なっていることは、広大な大陸に、フロンティアという形で主としてヨーロッパからの大量移民が西部に向かって押し寄せていくもので、都市部の発展、中でも商業地の発展は相当に遅れます。広大な地域に人々が分散して開拓農民として働く訳ですから、都市部に買い物に行くということはできませんでした。西部劇に見られる酒場を中心とした小さな町ができ、何でも扱う小さな店で、必要な物品を買い、自分の牧場に持ち帰る姿があります。こういう店をグローサリー・ストア“grocery store”と言いました。これらの店の仕入が通信販売で行われたのです。


ボランタリー、フランチャイズ・システム
 チェーンストアの成立と密接に繋がるボランタリー・システム、フランチャイズ・システムという考え方は、チェーンストアの成立する以前の19世紀に既にあったのではないかと思います。
 ヨーロッパには相当に昔からギルドを始めとして協同組合的な組織があったこと。教会は一種のフランチャイズ・システムでありましたから、その意味での基盤はかなりあったけれど、小売・卸として組織化は行われても規模は小さいものではないかと思います。卸・小売は家族経営を基本とし、徒弟制度が一般的だったからです。それは我が国も同じです。
 アメリカで高度に発達していくのは、アメリカという国の成り立ちに関係するものではないかと思います。この考えは、現時点では私個人の考えであって文献は見つかっておりません。見つかったら書き込みます。従って間違っているかもしれません。
 アメリカはヨーロッパからの大量の移民によって作られますが、人種の坩堝という形で互いに溶け合ったものではなく、人種のモザイク模様という言い方で地域ごとに、あるいは階層ごとに別個に同じ民族が固まります。当初は言葉も習慣も違うのですから、仕方がありません。この時、人々を結び付けていたものが、同じ故郷を共有するというものであったでしょう。この互助組織、イタリア出身者が作るマフィアのように、が形成され、それは本国の協同組織よりもはるかに強固であったでしょう。
 この互助組織の形成に商売が係る、つまり共同購入などが加わるのも当然であり、商売が広がれば他の人種の人達が加わることも、あったでしょう。これらがボランタリー、フランチャイズのシステムを作る形になって行ったのではないかと考えるのです。こう考えないとチェーンストアの急激な拡大の説明ができないからです。余談ですが、資本主義のアメリカにおける高度な発展も同じような意味ではないかと思います。

 ボランタリーチェーンというのは、Wikiによれば『多数の独立した小売事業者が連携・組織化し、商標使用・仕入れ・物流などを共同化し、これを行う形態のことを指す。 これにより、仕入先との取引が大口化され、仕入れ単価の引き下げが期待できる。 小規模の小売店は大手との価格差をできるだけなくし、独自のサービスで差別化を図る事ができる。』とされています。我が国ではCGCとか全日食とかのチェーンがありますが、流通にかかわらない方にはなじみが少ないでしょうが、欧米ではボランタリーチェーンこそが主流です。

 フランチャイズ・システムというのは、社団法人 日本フランチャイズ協会の定義よれば、『フランチャイズとは、事業者(「フランチャイザー」と呼ぶ)が、他の事業者(「フランチャイジー」と呼ぶ)との間に契約を結び、自己の商標、サービスマーク、トレード・ネームその他の営業の象徴となる標識、および経営のノウハウを用いて、同一のイメージのもとに商品の販売その他の事業を行う権利を与え、一方、フランチャイジーはその見返りとして一定の対価を支払い、事業に必要な資金を投下してフランチャイザーの指導および援助のもとに事業を行う両者の継続的関係をいう 』とされます。これはチェーン編成運営技術ですから、チェーンストアの形成と密接に係りますが、それ以前の19世紀には既にあったという説があります。私も先にあったと思うので最初に取上げます。
 契約に基づいてある地域の営業権を販売するというのも、実にアメリカ的な手法で、西部開拓に由来するものではないかと思います。自ら創業するのではなく、営業権を購入して店舗を展開するなどして事業を作るというものであり、創業者は自分の力では及ばない販売を補い、後からの参入者を防ぐというものです。


セルフサービス
 Wikiのスーパーマーケットの中にある説明を引用します。『セルフサービスの食料雑貨店というコンセプトは、アメリカ合衆国の起業家クラレンス・ソーンダースが創業した Piggly Wiggly が起源である。彼は1916年、テネシー州メンフィスに1号店をオープンした。ソーンダースは彼の店で導入したアイデアについて多数の特許を取得した。この店は大成功し、ソーンダースはフランチャイズ展開を始めた。』
 1916年というと大正5年ですから、相当に古い話で日本には、まったく入らなかったでしょうし、ヨーロッパでもなかったのではないかと思います。スーパーマーケットと同時に入ってくる形になり、大きな衝撃を持って迎えられることになります。
 何故、セルフサービスが他国で流行しなかったというと、我が国で言えば丁稚制度が活きており、労働力不足ということはなかったし、隣接する同業者同士の競争や盗難の関係で客に商品を運ばせるということは、考えられないことだったからです。
 つまり当時のセルフサービスは、アメリカの慢性的な人手不足と地域独占的な店であり、顧客も近隣の馴染みばかりが要因であり、商品の種類も少ないことも大きな理由でした。セルフサービスは、西部劇にも見られるように、客が欲しいものを棚から取って店主と話しながら金を払うもので、高額なものは店主の後ろの棚にあるというものです。このため店の大きさもコンビニ程度の店で行われていたようです。
  Piggly Wigglyスタイルと呼ばれたセルフサービス店は回転ドアを通り抜けると、商品が並んだ順路をたどりながら、陳列された商品を手にとって見る事ができるもので、セルフサービス用に特別に設計された店舗、商品配置であったようです。この方法はチェーンストアにも多く採用され相当に普及して行ったようです。世にはセルフサービスこそが近代小売業だという意見を持つ人がいますが、別にそれほどご大層なものではないと思います。



チェーンストアの誕生と発展
 チェーンストアにも様々な先駆者もいて、我が国でも江戸時代にそれらしき店舗群があったようですが、A&P(The Great Atlantic & Pacific Tea Company)がチェーンストアの代名詞としてアメリカで位置づけられています。A&Pは現在でも大手小売業者として生き延びています。
 A&Pは1859年にニューヨークに名前の通り中国や日本のお茶やコーヒーを販売する小売店として始まります。その成功から、次第にお茶やコーヒー以外の食料品も品揃えして提供するようになります。しかし、その歩みはゆるやかなもので100店舗を越えるのは1880年です。21年かかっています。やがて競争相手になる今日でも残るクローガーも1882年に創業されますが、こちらも歩みはゆるやかなもので、この段階もチェーンストアに分類するのは問題があります。。
 チェーンストアが形になるのは、A&Pの1912年に新しい店舗スタイルができた時です。この新店舗はEconomy Storeと呼ばれ、従来の食料雑貨屋が行っていた商品配達を止め、掛売りも止め、キャッシュ&キャリー(Cash & Carry)方式で売る、小規模の店主1人でできる食料品店でした。今では当たり前過ぎて分かりませんが、“the most good food for the least money” を合言葉に、利益を削って安売りにより売上拡大を図ったのです。下の写真はその頃のものと思われます。ショーウインドーにベタベタ貼られた価格表示が目に付きます。


Front window of a Great Atlantic & Pacific Tea Co. store (NEW YORK PUBLIC LIBRARY)


 この下の写真は日本の商店街を思わせるもので、いかにニューヨークとはいえ、今とは違う風景があります。左のAPと書いてある場所がA&Pの店です。

Front window of a Great Atlantic & Pacific Tea Co. store (NEW YORKPUBLIC LIBRARY)flickr

 標準的な店は大成功を収め、立地に拘らずとも、この条件で店を作れば繁盛するという確信を得て急拡大が始まります。1913年に500店だったA&Pが1919年末には4200店、1930年のピークには15,700店に達するのです。この急激な発展を支えたのがボランタリー・システムであったでしょう。看板の名前を替え、店のスタイルを変えたというのが多かったのではないかと思います。そうでなければ、これほど凄まじい店舗の拡大は不可能だからです。


レブハー「チェーンストア 米国100年史」


 A&Pの内部の写真を探していたら下の写真に行き当たりました。随分、従業員がいます。このカウンターの前に顧客は列をなしたのでしょうか? A&Pはスーパーマーケットを開業するまでセルフサービスは行っていなかったようです。

Pleasant Family Shopping
 A&Pは1930年代に入るとスーパーマーケットを建設し、従来の店を閉鎖させていきます。先の図にあるように店舗数は大幅に減少しながらも売上は拡大するのはスーパーマーケットの貢献によるものです。
 チェーンストアは巨大なバイイング力を発揮してメーカーの納入価格に圧力を掛けていきます。そしてPB(Private Brand)を武器にして売りまくり、メーカーの地位を脅かす存在になっていきます。チェーンストアで培われたバイイングやセールスに関する技法はスーパーマーケットに引き継がれます。

 チェーンストアは、食料品だけではなく、バラエティ・ストア、今日の我が国で当てはめると100円ショップのような低単価の様々な商品を販売するタイプの店や、衣料品、薬(ドラッグ・ストア)の巨大なチェーンストアが成立していきます。ほとんどが第二次大戦前後の話です。

 チェーンストアの拡大発展は従来の専門小売店を圧迫するものであったことから、激しい抗議行動と政治による流通への介入が起こります。新規店舗に対する課税などを通じた出店規制です。このことがスーパーマーケットへの転換を強めていく理由にもなります。



スーパーマーケットの誕生と発展
 さてスーパーマーケットです。マイケル・カレンによって1930年、自身の名前を採ったキング・カレンを創業します。現在でもあるキング・カレンにリンクを貼っておきます。創業前、マイケル・カレンはクローガーの社員でしたが、会社は彼のスーパーマーケット構想を採用しなかったことから独立して開業します。
 彼がクローガーで行った提案の内容が残っていて、緻密な計画であったことが分かります。店舗の規模、従業員の担当部署と給料、売上とコストの明細、品目数と割引の水準です。セルフサービスで8割対面販売を2割、充分な駐車場を持つものとされています。彼は店を開けば消費者が店のドアを打ち破って入ってくる。おそらく暴動のようになり、警官を呼ばなければならない事態になるだろうと言っており、成功への確信は非常に強いものでありました。
 カレンはクローガーを去り、ニューヨーク州ジャマイカに一号店を開店します。町中の小さな食料品店100店分を1店で売上、個々の食料品の利幅を極めて低くし、商品回転率によって利益を上げるという手法を生み出すのです。

ジンマーマン「スーパーマーケット」
 キング・カレンの店は、当時の食料店に比べて桁外れに大きなもので、下のような「世界最大の価格破壊者」という強烈なコピーを付けたチラシを撒きます。キング・カレンの広告はカレン自身について、商品について、また何故このように価値ある商品を安くできるのかについて、簡潔に説明するもので、強いメッセージ性がスーパーマーケットの広告の特徴となっていきます。
ジンマーマン「スーパーマーケット」
 カレンの始めたスーパーマーケットは現在、教科書的には以下のように整理されています。
 @ナショナル・ブランド(NB)品の低価格販売
 Aセルフサービス
 B大量陳列
 CDMによるプロモーション


 スーパーマーケットの歴史の中でマイケル・カレンを後を追う中で、ビッグ・ベアがその後の食料品業界に与えた影響はスーパーマーケットの発展を加速するものであったようです。カレンがロング・アイランドで既に8店舗の店を開いていた1932年ニュージャージーでビッグ・ベアが開店します。この店は自動車工場の空き家の1階を利用したもので、5万平方フィーという巨大なもので中心に食料品を置き、その周りを自動車アクセサリー、ペンキ、ラジオ、金物、薬品、軽食喫茶等で囲む円形陳列場であった。消費者は下の写真にあるようにキャッシャーに自分の欲しい商品を入れてレジに持っていくという現在のスーパーマーケットのスタイルが出現してきています。


 スーパーマーケットはチェーンストアを凌駕するものであり、食料品小売業をアメリカだけではなく全世界の小売業を変えるものになっていきます。その後も続々と、スーパーマーケットは広がり、やがて熾烈な競争にはいっていくことになります。


 これまで参考にしてきた商業界の名著シリーズは昭和43年(1988年)に出版されたものですが、それより10年以上前、岩波写真文庫「アメリカの地方都市」という薄い小さい本があり、好奇心満載の写真があります。場所はオレゴン州ポートランドです。現在のポートランドでは既に喪われた光景です。面白いので参考までに。

繁華街の商店街と思われます。今でも当たり前のようにありそうですが、雰囲気も店の大きさ、品目も違います。こんなに店が密集していないでしょう。

左は映画館

左は百貨店としていますが、雰囲気からすると衣料スーパー。特売の雰囲気は日本と同じです。右はグローサリーと書いていますから、チェーンストアのどこかではないかと思います。対面販売をしているのが目を惹きます。

ドラッグストエと店の内部にあるカウンター式の飲食コーナー
スーパーの売り場(上)、レジ(下)
 文章の中でアメリカ人は安さや品質よりも、早く買い物ができるを優先していると書いてあります。こちらは10年前の昭和34年1959年頃のものです。




こちらはCVSの7-11