スーパーマーケットの始まり

 現代小売業はスーパーマーケットによって代表され、その派生系としてディスカウントストア、大量の専門店を含みこむショッピングセンターという形態が誕生すると考えます。 学問的な裏打ちはありません。私の考えです。商業の原点を追求することが狙いですので、ここでは当初、創業期に近い頃のスーパーマーケットを取り上げるに留め、以降の発展形態については他に譲る形です。
 スーパーマーケットの発明は、ハンバーガー、コーラと並び称されるアメリカ文明の象徴の一つとされます。スーパーマーケットの発明は第二次大戦後の世界の小売を一変させるものとなり、20世紀の豊かさを表現するものになりました。このため共産圏でも、形だけまねたスーパーマーケットがソ連でも、中国でも、かの北朝鮮でも見られるものになりますが、当たり前のことですが、共産圏でスーパーマーケットが広く庶民の買い物の場になることはありませんでした。

 スーパーマーケットがもたらしたものは、創業期の経営者たちが抱いた夢であった豊かさです。大量の商品が安価に、商店主の思惑とは関係なく消費者が自由に選んで買うことができる。消費者が欲しいものを欲しい時に、何時でも手に入れることができる。店員とのごちゃごちゃした会話、値引きの不公正さに消費者は腹が立っていたのです。大量に陳列された商品群、明るく広々とした店内、自由に歩き回って商品を手にとって自分で確認して買えるということが素晴らしいことだったのです。
 スーパーマーケットは自動車文明と切り離ち難く結びついていました。郊外へと伸びる自動車道路に沿ってスーパーマーケットが展開されていき、車に乗って買い物に行くというライフスタイルが出来上がっていきます。大量の石油を消費するアメリカ文明そのものでありました。

 面白い写真があったので貼っておきます。写真はアンディ・ウオーホールで、かの有名なキャンベル缶が後ろにあります。キャンベル缶はスーパーマーケットに並んでいるものを象徴していたのです。アメリカそのものであったのです。

 スーパーマーケットの巨大な販売力は、当初は緩やかに、やがて凄まじいスピードで中心市街地に立地していた専門店を倒壊させていきました。これはどの先進国も共通でした。勿論、アメリカでも同じでした。「スーパー以前」の項に多くご紹介する商店街、市民市場等々は、崩壊し多くがシャッター通りになっていきました。商店街が残るのは、どの先進国も大繁華街のみになってしまいました。

 外人さんが日本の食品スーパーを訪問した映像です。実に日本的な現代のスーパーの姿を見ることができます。