外食産業の成立<アメリカ>

 外食産業の歴史は、基本、マクドナルドの歴史に重なり合うもので、マクドナルドは、マニアックに歴史や数値を集め、公表していますから、直接、マクドナルドに問い合わせをすればほとんど教えてくれます。 Wikiにも書かれていますし、各種の研究本が出版されていますから、私がどうこう語るのは最小限に止めておきます。 マクドナルドは下の写真のレイ・クロックがマクドナルド兄弟からマクドナルド・システムを購入することで始まり(1955年)、フランチャイズ・システムで全米、 やがて全世界に販売して世界最大のレストラン・チェーンを作り上げ、スーパーマーケットやコカコーラと並んでアメリカ的なものの象徴となりました。
レイ・クロック
     

 マクドナルドを世界一に押し上げていくのは、ファストフードという業態を作り出したことにあり、飲食業を外食産業という「産業」化をおこなったことにあります。 その事業運営のコンセプトは、Q(品質)+S(サービス)+C(清潔)という当たり前とも言うべきものですが、これらを徹底的に事業の中に組み込んでいることです。 これらは精神論ではありません。具体的な技術の裏づけがあります。

 マクドナルドの調理技術の発展(マクドナルド50周年を記念の調理機器技術50年史)は王利影氏の週刊food104のメルマガに何回にも渡って掲載されています。その第1回にマルチミキサーのことが書かれています。引用です。


 『プリンスキャッスル社を経営するアール・プリンス氏により、一つのモーターで5つのスピンドルを回転させるシェイク用のアイスクリームミキサーが開発されました。このミキサーがマクドナルドを創業したマクドナルド兄弟とマクドナルド・コーポレーションを創業したレイ・クロック氏の出会いを実現しました。
 そのミキサーは革新的でした。通常は一つのモーターで一つのスピンドルを回転させるのですが、このミキサーは一つのモーターで5本のスピンドルを回転させ、一度に5カップのシェイクを作ることが出来たのです。通常のアイスクリーム店はこの機械を1台か2台購入して使用していました。しかし、カリフォルニアで経営しているマクドナルド兄弟のハンバーガーショップは何と8台ものミキサーを使っているのです。
 なぜそんな台数が必要なのかと興味をもった、プリンスキャッスル社の販売担当のレイ・クロック氏がマクドナルド兄弟の店舗を見に行きました。そして、クロック氏はカウンターだけのドライブインハンバーガー店舗の売上げの凄さと効率の高さに感銘し、フランチャイジーになり、後にマクドナルド兄弟から全ての権利を買い取り、自らマクドナルドコーポレーションを創業し、シカゴに1号店を開店したのです。』


 品質を落とさずに、高いサービス=ハイ・スピードでの提供を実現するために調理技術及び食材の水準・加工レベルの徹底化を図っていくもので、これが大量の顧客に満足を与えるというものです。機械化を可能にする規格標準化が徹底されることで、低コストの料理を提供するという飲食の分野での革命を行ったからこそのものです。以降もマクドナルドは技術開発を進め、フランチャイズの仕組みに磨きをあげていくことになります。

 マクドナルドの後に続々とファストフードのチェーンが作られていきます。ケンタッキーフライドチキン、タコベル、ピザハット等々があり、アメリカの食を大きく変革していくことになりました。

 文化的なことを最後に書いておきますと、マクドナルドを産み出したのは、全米に張り巡らされた幹線道路網と、アメリカの田舎、西部劇の世界であることです。「Roadsite Food」という本に紹介された料理、荒々しく粗野だが暖かさを内包したもの、それが本当のファストフードというものです。決して日本人が最初に感じたようなアメリカのオシャレなレストランでも、最も現代的な食事スタイルでもなかったということです。




おまけ