かつぎ屋、行商列車

 かつぎ屋というのは行商によく似ているというか、列車が庶民の足に定着したあたりから始まったものであるでしょう。農村や漁村の女性達が、多くは夫である旦那が収穫したものを都会に運んで行商のようにして売った姿を、大きな荷物を背負って歩く姿から「かつぎ屋」と呼んだのです。普通の行商と何が違うのかというのは明らかではありませんが、販売する人が素人の農民や漁民であって商人とは厳密には言えないこと、日帰り旅であること、扱うのが生鮮品であること、加工品があっても多くが農家などで日頃、食べられるものであることなどの特徴があります。

 特に盛んになるのは震災以降に千葉などから、かつぎ屋の女性達のために専用列車が走ったことです。これを行商専用列車としてWikiに掲載されています。


行商専用列車
「成り立ち」
 行商とともに物資を輸送する列車は関東大震災以前はあまり見られなかったが、同震災を契機に千葉県から東京都への野菜の行商が始まり、専用列車として京成電鉄の野菜行商専用列車、通称「なっぱ電車」が走り始めた。京成では正式には「嵩高荷物専用車」と称する。「京成行商組合」への加入者が対象で、定期手回り品切符を発行の上で利用している。国鉄成田線にも同様の列車が存在していたこともある、
「現状」
 私鉄で運行されていた行商専用列車は、地方私鉄の相次ぐ廃線や合理化に伴い縮小の一途をたどった。京成の「菜っ葉列車」も次第に縮小され、1982年からは最後尾1両だけの専用車扱いで運行されている。以降は「行商専用車」と称される。1998年1
0月1日より押上方面行の行商専用車設定は無くなり、以降は上野方面行のみの設定となる(片道1本)。

 こちらは盛岡です。東京ばかりではなく全国的に行われていたのでしょう。

 何がしかの郷愁を感じさせるものがあるので、わずかに残る姿が写真に撮られています。