(市民市場)
 小売市場は戦前から流通の近代化政策の一環として行政が取組んできたものの一つです。 小売市場の広がりが、そこに商品供給を行う卸売市場が構想されていくように、長い歴史があります。流通の近代化とは、 小規模な小売業が大量にあるものから大規模化を目指すもので、不当な取引の防止、その一方で都市政策として、防災と衛生上の問題から、不燃化への取組み、道路整備、食品を取扱う上での衛生管理の徹底を目指したものです。 この小売市場は、市民市場と呼ばれることが多く、都内にもそれこそ戦前でも500箇所を越えていました。
 戦後の混乱期には、人々が闇市や焼け残った市民市場に殺到しました。
以下の写真は戦後も昭和30年代以降の落ち着きを取り戻した市民市場です。

新宿区余丁町市場                                     下北沢駅前食品市場

オキナワグラフ 1962.11に掲載された広告

 昭和40年代は商店街が生きていたように市民市場も盛んでしたが、スーパーとの競合が一番、影響が強いものでした。 スーパーの大規模化により市民市場は衰退していきます。商店街の衰退と帰を一にした感じですが、それでも商店街が衰退しても頑張る市民市場は多くありました。そのほとんどは崩壊し、廃墟となったり、 わずかに数店が営業するだけで、他は空き店舗となって暗い場所となっています。東京の恵比寿にも、最近まで営業していた市民市場がありましたが、多分、もう都内に残るものはないのではないかと思います。しかし、地方、特に東北などで生き続ける市民市場がありますが、最近はもの珍しさから、市民というより観光客、それも外国人観光客を目当てにした市民市場が多く見られます。

東京恵比寿                                        宮崎市(これは2007年)
左右共に秋田市民市場
GOGO青春18切符から
秋田市民市場 青森市民市場
ブログ「雅爺の小部屋」から
こちらは、まだ、生きている市民市場です。かつての闇市的な雰囲気もあります。
仙台朝市通り商店街(店舗数は約70店)  ブログ サエモン@みちのく仙台から写真転載