何故、露店の話があるのかというと、商業・商店の原型がここにあるからです。原初の商業の中でもお話しますが、消費者向けの小売店が出現するのは近世(江戸)期も、相当に後半になってからです。商店街が出現するのも昭和になってからだろうと思います。常設の固定店舗ができる以前においては、非常に多くが露店という簡単に店をたたむ事ができるタイプであったことです。
 当然のことながら、衛生上も、防災上も、そして商売においても不当なことが平然と行われていました。政府は禁止令を何度か出します。しかし、このようなタイプはなくなれば不便であり、貧乏人には不向きでありました。もぐりの営業が横行します。

夜店<露店>

 下の写真は、戦前の風景、銀座の露店が道沿いに展開している風景です。銀座に露店がお目見えするのは、米騒動によって社会不安が高まり、失業者が溢れ出てきたことが要因とされています。商業というのは、貧乏人が少ない資本で日々の生活を維持できる貴重な職業であったのです。
 長らく禁じられていた銀座通りに露店が許可されると、あっという間に道路をふさぐようになります。


写真は土門拳

 中央区の昭和初期の銀座によれば、夜店で売られていたものは、「おでん、焼き鳥、古本、活動写真、古道具、ステッキ、玩具、手品玩具、石膏像、接合薬、地球ゴマ、洋服、アルバム、昭和レビュー玩具、硯箱、電気道具、骨董、鞄、パイプ、額、カーテン、ギンブラ人形、水書き草紙、木製玩具、靴、電気点滅器、ネクタイ、歯ブラシ、化粧品、時計、時計鎖、表札、印判、金物、樟脳、マッチペーパー、水書き習字帖、フットボール、指輪類、キューピー、ねずみ捕り器、電気のカサ、靴下、履物、草履、ゴム、鍋底の鋲、鉄砲、足袋、均一物、木製電車、土型、ネーム、手帳、髪洗い、腕ゴム、野球道具、粘土型、キャラメル、南京豆、みかんなどあり、横丁には中華そば、牛飯、寿司、天ぷら、将棋、似顔絵描きなどが店を出していました」
 昭和10年の頃は、「銀座八丁――京橋から新橋までの、左側へびつしりと並んだ夜店が246軒。新宿に次ぐ密集地帯だ。全部の数では劣るけれども、種別は第1位で110種類。さすがに夜店オンパレードだ。銀座界隈は勿論のこと、丸の内、京橋、日本橋、芝方面からサラリーマンの群が磁石に吸いつく鉄粉のやうに、銀座をめがけてやつて来る。」夜店が最も華やいだ時代とのことです。

昭和11年
 こちらは戦後すぐの頃の銀座通りです。実に壮観です。


 
                        東京都「露店」から
 こちらは戦後、しばらく経ってからのものです。この写真の数年後には取り壊されたのでしょう。注意すべきはお祭りの露店とは違って、様々な商品が店で買うよりは安く買えたことです。


秘蔵写真で綴る銀座120年

 都内最大は新宿の夜店だったという話です。

新宿:左奥は伊勢丹。道の両側に露店が広がっている
新宿の1世紀のアーカイブス
 まるでラッシュ・アワーのような人の群れは凄いです
新宿

東京都「露店」から
池袋東口

池袋西口マーケット
カールマイダンス「激動日本の目撃者」
こちらは渋谷の夜店。どこの通りかは書かれていません。

 母親から聞いた話から。昔はTVなんてものがなかったから、夜は暇で、特に暑い時期には夕涼みをかねて夜店に家族揃って行ったものだと。わざわざ電車に乗って隣町に。それは賑やかで楽しかったと言います。となると、私も物心もつかない頃に、夜店に行っているのでしょう。お祭りの露店と記憶していることの中に、きっと夜店が含まれていたのでしょう。付け加えておきますが、夜店と言っても夜だけの営業ではありません。
 銀座の夜店は、昭和26年には廃止され、撤去されます。理由は何しろ昔のことで、暗いので商品にまがい物が少なくなかったこと、食品衛生上の問題もありました。 女性や子供らが夜遅くまで路上にいることで、いろいろな悪さがされたこと(当時、治安が良くなかった)、火を使うことが多くあって防災上の問題があったことなどもあったのでしょう。 銀座の夜店の数は600軒を超えていたそうです。その頃から都内にあちこちにあった露店は、集合店舗に収容されていったようです。 東京は早々と姿を消していきますが、地方都市では長く残っていた感じがします。写真を見ていますと行ったことがないにもかかわらず懐かしい感じがします。

東京都「露店」から
 収容された長屋状の商店街や市民市場は、今日、ほぼ全滅しました。まだ存在している場合には、今やレトロを売り物にする町になっています。 それにしても随分、味気ないものに変わったものですが、以前の夜店に比べて客は激減している様子が見られます。賑わいが薄れていく端緒なのかもしれません。 それでも高度成長期は繁栄を謳歌していたと思います。

飯田橋神楽町の収容された新しい店舗
文京区 東京都「露店」から
墨田区

 こちらは現在でも生きている祭りの露店です。



 ネットで見つけましたが、京都亀岡の花火大会では、河川敷に、こんな凄い露店が出現するんですねぇ・・・・。かつての夜店の賑わいを再現したような・・・・。

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