卸売市場

 卸売市場の内容などについては、他のページで展開していますので、ここでは昭和30年代頃の卸売市場を紹介します。
青果
神田市場
 秋葉原にあった神田青果市場です。日本一の扱い量を誇り、1989年に大田市場に移転した後も日本一の座を維持し続けています。段ボールが見当たりません。青果物が床に直置きされていること、非常に多数の仲卸がセリに殺到している様子が分かります。

「オリンピックを迎える首都東京の展望」

淀橋青果市場
 新宿大久保駅近くにある淀橋市場です。新宿という場所から、狭隘に苦しむ市場ですが、この写真は立替以前のもので、ここでも段ボールはありません。白菜を縄で縛って積み上げています。昔は家庭で白菜漬けを作るのは当たり前でしたから、大変な需要があったものです。


千住市場
 かつて足立市場(千住)にあったものが、昭和54年に北足立市場に移転しますが、これは足立市場当時のものと思われます。右は当時、三輪トラックと呼ばれていた小型トラックです。

「オリンピックのころの東京」春日昌昭写真

水産
築地市場
 あまり変わっていないように見えるかもしれませんが、円弧になった部分に貨物列車が入っているのが分かります。下の画像ではっきりしますが、船が沢山、入港していること、中でも右側に桟橋が6本出ていて、そこに小型船が入港できるようになっています。また、円弧の外側に8本、突き出した建屋が見えますが、現在はこれが3本になっていまして、小売業者が小型トラックを止めて搬出できるようになっています。
 昭和30年代の半ばくらいというのは、敗戦後、市場の一部を占拠していた米軍から施設が返還され、仲卸制度も復活し、最も好況に沸いた時代です。

全景
桟橋部を拡大

「オリンピックを迎える首都東京の展望」
 以下の写真はカメラ雑誌からのものです。時代的にはほぼ同じ頃と思われます。


芝浦屠場
 品川駅近くにある芝浦の食肉市場です。屠殺も行っていますが豚は少なく、ほとんどが和牛です。この当時も同じだと思います。
「オリンピックを迎える首都東京の展望」